8月23日の幽霊│麻木 りょう 様

テレビをつけっ放しにしたまま転寝をしていたスコールは、夢か現か耳障りな音を感じた。しかし現実には有り得ない会話から、それがテレビであるコトに気付く。寝返りを打った彼はまどろみの中、しばらくそれをぼんやりと瞳に映していたのだった。
「休暇は明日までですよね?」
「ああ」
「あら珍しい。泊まり?まあ…年に一度なんだから、ゆっくり休んで来なさいよ」
「…ありがとう」
出掛ける前にガーデンの一角にある職場に顔を出したスコールは、同僚のキスティスと後輩SeeDに快く送り出された。
スコールたちSeeDの活躍で魔女の脅威から世界を救った戦いのあと、各国の首脳たちは自国の被害回復や国民感情を収めるための責任問題をぶち上げた。最も槍玉に挙げられたのは独裁国家ガルバディアだったが、トップを失い内政混乱に陥っていたこの国に手を差し伸べたのはエスタだった。
長く鎖国政策を取り沈黙を貫いてきたエスタだったが、この戦いで改めてずば抜けた科学力を世界に見せつけており、エスタにリーダーシップを取られる事は各国とも懸念があった。
が、しかし。


「ガルバディアまで、片道」
「一枚?」
「ああ、…あと、一等で。相席じゃないところを」
スコールは慳貪な物言いの駅員に対抗するかのようにぶっきらぼうな言葉を返し、チケットを手に入れた。任務に就かない日のSeeDは専用車両を使えない。騒がしい場所を好まない彼は、紳士淑女の集まる一等車両を選んだ。そして指定された席に腰を下ろすと、彼は静かに目を瞑った。


繰り返し過ちを犯したことを反省すべきで、責任というならそれを回避できなかった者全てにある。それよりも今必要なのは争いを鎮め、復興に尽くすことだ。これには組織的に中立なSeeDへの協力要請と、わが国が誇る科学力を存分に注ぐべきではなかろうか…と、有能な補佐官が紛糾する会議の場を制し、大統領の意見として述べたことで一気に世界が纏まった。
そうとは言え、小規模ながら責任追及の声は止まなかった。特に、魔女に力を貸した者と悪しき魔女の力を受け継いだ者への目は厳しかった。


「国営墓地まで」
勝手知ったる場所とまでは言わないが、毎年のことなので自然と足が動く。列車を降りた駅前でスコールは花屋へ向かい花束を2つ買い求めた。それからタクシー乗り場へ向かい、彼は運転手にそう告げた。


『現代の魔女、及び魔女の騎士を処刑』
そんな記事を最初に流したのはドールの公営放送だった。大国の支配に対抗していた幾つものレジスタンス組織はその矛先を戦争責任者に変えて活動していた。一部のメディアはそれを『大手柄』と賞賛し、各国とも強弱はあったがその流れに乗った。未成年者という事もあり、エスタは彼らの保護を訴えていたが、表立って匿うのはそもそものこの戦いの原因を思えば酷く困難なことだった。
そしてこの戦いを煽った戦犯としてガーデンやSeeDも大分マスコミに叩かれた。だが、結局のところSeeDを使い慣れた各国からの要請は止まず、活動を激化させたレジスタンスの相手や内乱状態に陥ったガルバディアに彼らは借り出されていた。
そんなガーデンでスコールは派遣業務に携わっている。
世界最大の危機を救ったという肩書きの力は大きく、ガーデンのそしてSeeDのいい看板にされていた彼は、休日という言葉を忘れてしまうほどに働いた。
「たまには褒美があってもいいじゃないか」
けれど、年に一度…夏にある自分の誕生日に彼はそう言って必ず休暇を取るようになっていた。


「来てやったぞ、今年も」
国営墓地の隅に並んだ2つの墓碑にスコールは花を手向ける。
一族から見れば厄介者扱いなのだろうか、立派な屋敷を構える彼女の実家が設えたには質素過ぎるそれにスコールは手を添える。一方の小さな黒い石には視線だけを向けた。
共に戦った、そして力を高めあったとスコールは思っている。
けれど世間の感情は、戦いの元凶を許さなかった。


『彼女は貴方の恋人だったんですか!そして彼は…貴方の親友だったんですか!だからこうして、毎年墓参りに訪れるんですか!…何とか言ってください!!だって…こいつら、戦犯ですよ?何で英雄のあなたが!』
今は静かなこの日、テレビ局に追われたこともあった。
彼らが狙われていると知っていたけれど、一介のSeeDにそんな任務が降りるわけでもなく、スコールは動くことができなかった日々を思い出す。同時に、任務など気にすることもなく心のままに行動し、懲罰室を抜け出したあの日の彼を思う。
何も知らない。何も知らされていない、自分。
それなのにいつも、答えを求められる。
あの時も、今も。聞きたいことがたくさんあるのは…俺なのに。
…どうしたら良いのか。
どう考えたらいいのかも分からず、頭は混乱するばかりだ。
スコールは悔しそうに唇を噛んでカメラを睨んだ。そしてただの一言も心を漏らさず、表向きの“SeeD”としての姿を貫いた。


その墓の前で、スコールは膝を付いた。
「そういえば、この間…エスタに行ってルナティックパンドラを見てきた」
デカい仕事のハナシ、仲間とのくだらないやり取り…その少しを声にして、大半を心の中で呟いて彼は立ち上がった。思えば、その墓石に向かって話した事のほうが多かった。それはいつものことで、必然でもあった。
この日、褒美としてこの場所に来る理由はそれだったからだ。
決して言葉にはしない、胸に深く仕舞った思いがじくりと痛む。
共に時を重ね、心を重ねあっていたならば昇華できたものなのかもしれない。けれど、ひとり…ここにだけ残された思いをどうすれば良いのか、スコールは判断出来なかった。
親友ではないけれど、ライバルだったのかも知れない。そして思い起こしてみれば、一番の理解者だったのかも知れない。そして彼も、それを望んでいたのかもしれない。
そこにあるのが当たり前だったから…なくすことなんてないと思ってた。独りで生きていくと決めていた。だからそんな世界に身を置くことだって、頭では分かっていたはずなのに。
…それは、酷く辛いことだった。
認めてしまえば、感情が溢れそうになる。
「知らない振りをした、報いか」
呟いて、彼は頭を振った。
「…なんでもない」
そして彼は墓碑に背を向け歩き出した。


誰に会うでもなく、誰と話すでもなく、スコールは駅に向かう。また、片道の切符をオーダーして彼は指定の列車に乗り込んだ。時間からか、車内は騒がしい。彼は懐から古い本を取り出した。ゆっくりと文字を追っていた視線が止まり、やがて彼は目を瞑った。
日々の疲れも手伝って、瞼は仕事を放棄した。いや、彼に一番いい仕事をしてやっていた。
いくつかの停車駅を過ぎたころ、手元が緩み、開いていた本を落としてしまう。
ハッと気付いた彼は被りを振ってそれに手を伸ばした。
そんな彼に近づく者があった。
「空いてますか?」
「…どうぞ」
声を掛けられたスコールは向かいの席に置いていた荷物を手繰り寄せ、男に席を譲った。
もう、眠くなるだけの本は要らない。彼は本を懐へ仕舞った。
頬杖を付いて車窓から見える風景に目をやる。そして視界の端で、相席となった男の姿を楽しむ。


『何も知らない、知らされていない』
君はそれを貫いてくれればいい。悪いようにはしない
ある日、とある国の有能な補佐官から電話でスコールはそう告げられた。
何のことか分からず、受話器を置いた。
訳の分からない報道に心が乱され、はたまたバッシングを受け、それでも気が付けば戦場にいた。答えを求められることに疲れ果ててしまっていた。だから考えることを放棄した…感情を意識的に殺した。望まれる姿で、…ただのSeeDであろうと心に決めた。それが生きていくために必要なことだと悟った。


過ぎ行く時が、いくらか心を落ち着かせてくれた頃のことだった。
『一等はいっぱいです。二等ならまだ少し…』
『じゃあそれでいい』
騒がしい二等は大嫌いな車両だった。しかしこの日のうちにガーデンに戻らねばならないスコールにそれは必須だった。我慢して、それでも何とか気を紛らわそうと駅の売店で小説を買い乗り込んだ車両でのことだった。
ざわつく車内でスコールが座る席に近寄る男があった。
「ここ、空いてますか?」
「え?…ああ」
と、受け答えをしたことすら覚えていない。
彼に良く似た…男だった。
視覚からの情報はそれだけ冷静沈着な彼を惑わせていた。

意識が、感情が記憶が逆流するような感覚を必死で抑え込む。それが精一杯だった。
話し掛けることも出来なかった。もちろん、ドールで降りた彼を追う事も。
スコールはそれを後悔しながらも、どこかで期待していた。しかしガーデンに戻ってから、スコールは誰からも情報を得られず、ガーデンに連絡が入ることも無かった。
乱雑に伸びた髪に髭面…風体は変わっていたが自分が彼を見間違えるはずがない。
それならそれなりに、相手の反応もあるものだと。…けれど。
幻を、幽霊を見たのだと、心を慰め続けた次の年。
スコールは儚い期待に縋りガルバディアからの帰り道、押さえておいたチケットに書かれた一等の車両ではなく、二等の車両に乗り込んだ。
…そして、その次の年も。

幽霊は、毎年スコールに相席を求めてきた。

何か訳があるのだろう。生きているなら、それでいい。
そう思っていたけれど、今年は少し贅沢な褒美を手にしたくなっていた。
何も知らない、知らされていないのだから、…俺は、自分で決めればイイ。
彼の思考は、いつからか前向きさを取り戻していた。

スコールがガルバディアで買った帰りの切符はバラムではなく彼が降りるドールまでのものだった。



幽霊を追いかける

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