Bright Colors 2 麻木 りょう様


 定時を過ぎてぞくぞくとフロアからヒトが消えていく中サイファーに提出した2度目の資料は、またもやり直しを命じられた。怒りを感じながらもそれを心に収め、彼は半ば自棄になってパソコンに向かった。黄色を中心に派手な色を使ってグラフを作り、やりすぎだろうと思うほどに商品名をアピールした資料を作った。そうして出来上がったモノは資料というよりももはや折込チラシのようだった。

「お、イイのが出来たじゃねえか。これはイイ。明日はこれで行くぞ」
 
 うっすら横目に入ったのか、提出する前にサイファーにパソコンを覗き込まれ、そんなことを言われた。やり直しどころか、それこそ怒られるのだろうとココロの中に棘を生やし構えていたというのに、片眉を持ち上げてにやりと笑う彼を見た瞬間、どうしてかスコールの心が跳ねた。突然ハナマルを手渡されたことになのか、それとも初めて見るサイファーの子供のような表情に、なのか…スコールは心を揺らした。

「…こんな、…こんなの、ふざけて作っただけです。…すみませんでした。すぐにやり直しますから…」

 考え直し、それを嫌味と受け取ったスコールは、保存せず消去してしまおうとマウスに手を伸ばしたが、立ち上がったサイファーにその手を上から握られ驚いた。

「ダメだ!」

 分かってはいたが、サイファーはスコールよりも10センチほど背が高い。背を包むように体を合わされて、スコールは彼の大きさを感じずにはいられなかった。

「ナニ言ってんだよ。これでいいんだって。オレはこういうのを作って欲しかったんだ。売りたいモノの、売りたい理由をこれでもかってほどにアピールする資料があれば、客はそれから目を離さない。その間に追い込み掛けるんだ」

 手を重ねたままマウスが動かされ、サイファーの指がアイコンをクリックすると画面は保存方法を問うものに変わったが、スコールの視線は画面ではなく合わせた手にあった。さらには髪の毛や肩や背で感じるサイファーに気を取られて、まったくそれどころじゃなかった。自分が突然何を意識し始めたのか分からず、半ばパニックに陥っていたのだ。

「ほら、早く」
「…ハイ」

 促されるままにキーボードにタイトルを打ち込んでスコールは作った資料を保存した。
…何の音だよ、ウルサイ!
 そのときになって初めて耳にこだまするほどに心臓が大きく高鳴っていることに気付く。

「プリントして、ちゃんと見せてくれ」
「はい」

 そうしてサイファーが離れると、プリンターに送って出力した書類をそそくさと取りに行く。今ほど、スコールは仕事の遅いプリンターに感謝したことはない。ふうと息を吐いて、スコールはパニックの訳に付いて考え始めた。
…いつもにはない、優しい言葉に驚いただけだ。他に、…意味なんてない。
 そう心の中で呟いてはみたが『他に』と既に意識してしまっていることに、自分で自分を言葉を使って制止するほかはなかった。それは確かに、いつも突然にやってくるものだけれど、あれを相手にそれはおかしいとスコールは心の中で何度も呟きを繰り返した。
 そんなふうにして手渡した書類をしっかりとチェックしたサイファーは『OK』と呟いたが、ひとつだけ注文をつけた。

「オレなら、表紙に黄色の上質紙を使うけどな」
「…あ」
「黄色に黒は映えるんだ」

 サイファーが自分の金髪を指で弾いてそういうものだから、スコールはふと控えめに主張している彼のスーツの縦糸との対比を思い起こしてしまう。スコールは何もサイファーに負の感情だけを抱いていた訳じゃない。紺が基本とは思いながらも、彼の服装のセンスには注目していたがまさか、それまでも計算尽くだったとは…と、彼の力を思い知らされた気分になった。スーツを見つめている視線に気付いたのか、サイファーは襟元をピンと引っ張って笑顔を見せる。

「ああ、これな。ふざけてると思われようが、要は目を惹く効果があればいい。もちろん、上司の小言だ、客の目だ…すべての仕事をまとめる力あってのコトだけど」

 言われるままに表紙を黄色の紙でプリントしなおしたスコールは、嬉々とした表情を浮かべ差し替えを願い出た。そして彼の元に足を運ぶたびに彼に対する感情が変化していく自分に気付く…認められないことが悔しくて、ただそれだけだったはずなのに、と。

「OK、イイのが出来たな。これなら上手くいく。明日は自信持って売り込めよ」
「…え?」

 思いも掛けない言葉に呆けたスコールに、サイファーは『明日の主役はおまえ、オレはサポートだ』と返したのだった。
 ティルミット社はトラビアの大企業だ。既に実績のあるサイファーならともかく、入社半年の社員が担当するような客ではない。いつもはポーカーフェイスのスコールが動揺していると分かると、サイファーはにっと歯を見せて笑った。

「おまえを初めて見たときから、オレと同じにおいのするやつだと思ってたんだ。大丈夫だって、おまえなら出来る。オレと同じ…いや、おまえにはオレ以上のチカラがあるはずだ」
「………」

 少し前までの自分なら、当然のコトだと自信に満ちた返事をしたことだろう。しかし感情を持て余し動揺を続ける心を制御できないスコールは上手く言葉を返せない。じわじわと沸きあがる感情は確かに嬉しさだった。だが心がどうして嬉しさを感じているのか、彼に認められることにどうしてそんなふうに感情が動くのかを考えて、はっとした。

「しっかり決めろよ?ハクが付くからな」

 彼が笑顔を見せるたびに心が疼く。軽い痛みのような、それでいて我慢できない痒みのような。スコールは胸の奥がぐっと熱くなる感情の動きに覚えがあった。
…それは確かに。いつも突然にやって来るものだけど。

「ってのはよ…多分、来週には伝えられると思うけど、エスタのレウァール社を知ってるか?まだ上場したばかりだけど…そこをオレらが担当することになる。あそこは伸びる…オレは上の想像以上にデカイ仕事にしようと思ってるんだ。だからおまえが必要だって上に宣言しておいた」

 上場したばかりの勢いのある企業を担当するだなんて、会社がサイファーに置く信頼は並々ならぬものだ。そしてその片腕に自分を選んでくれたというサイファーの言葉がさらにスコールの感情を走らせた。負のそれなど欠片もない。新しい仕事と、組む相手と…スコールの心は期待に満ちていた。

「ありがとうございます…期待に、応えられるよう頑張ります」
「…つうか、それだけ?」
「…え?」

 ぎこちなく頭を下げて礼を言うと、不満そうな声と共に伸びて来たサイファーの手がさっきのように自分の手と合わされた。がっちりと握り合った手からスコールはサイファーへと視線を移す。夕刻に見た力のある営業マンのそれとは違う、もっと熱い視線に晒されている。手にしたチャンスに一気に踏み込んだサイファーに鷲掴みにされた彼の心はもう、一歩の後ずさりさえ出来そうにない。

「この仕事でオレと組むの、最後になるほうが良かったのかってコト」
「それは…」

 溢れそうな感情のままに言葉を返すわけには行かない。サイファーは多分、仕事上のそれを指しているのだろうからと心を牽制する。けれど…視線を逸らすことさえ許してくれないサイファーに期待は膨らむ一方だった。

「これからゆっくりと聞くことにするか」

 言ってサイファーはまた子供のようににっと歯を見せて笑いスコールを解放した。

「じゃ、これからメシでもどうよ」
「…あ、ハイ」

 解かれた手にはまだしっかりとサイファーの大きな手の感触が残っている。スコールは、完全に裏返った…気付いてしまった感情の中、ふわふわと夢見心地な心を駆けさせていた。


―――おわり。







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