ガーデンウェディング、しかも10月、となれば運を天に任せるしかないが、申し分のない素晴らしい日和になった。
「スコール! 来てくれてありがとう」
「ああ、おめでとう」
緑あふれる会場は薔薇やクリーム色のリボンで飾られ、すでに招待客でごった返している。
そのなかで真っ白なドレスに身を包んだキスティスが、こぼれんばかりの笑顔で俺たちを迎えてくれた。
今日はおめでとう、と彼女の隣のタキシード姿の男にも伝えると、実直そうな彼は至極恐縮した様子で、敬礼までして花嫁を笑わせた。
美しい腕をしっかりと新郎の腕に絡めて立つ彼女に、サイファーがニヤリと笑っていつものように軽口をたたく。
「やっと待ちに待った幸せが来たなぁ、センセ?」
「うるさいわね。貴方に言われたくないわ」
ヴェールの美女が、日頃デスクで見せるようなしかめ面を見せたところで、ステージから声が掛かった。
「キスティ、もうすぐ時間だよー! 戻って戻って!」
カメラマンの呼びかけに「いけない、それじゃ、またあとで」と、主役は慌ただしくドレスの裾を翻した。
「お相手はガーデンの後輩って、意外よね」
「ああ見えて、勇ましいんだそうだ」
パーティはつつがなく進行し、今はキスティスと花婿が一つずつテーブルを巡り、挨拶をして回っているところだ。
キスティからゲストも軍服以外で、とのリクエストがあったので、シュウを始めとしたお馴染みの職員たちも今日は皆スーツやドレス姿を披露している(俺も制服で済ませようとして怒られた)。
ほかに、今はガーデンを離れたゼル、今日のカメラマンを仰せつかっているセルフィ、アーヴァイン…、その向こうにはシド夫婦の懐かしい顔も見える。
ティンバーから朝いちばんの列車で出てきた、という同テーブルのリノアは感慨深げにため息をついた。
「キスティス、すっごくきれい」
「…そうだな」
銀の刺繍で飾られた細身のロングドレスは、すらりと背の高い彼女に良く似合っている。
リノアは遠目にキスティスの横顔を見つめたまま、ふふ、と小さく笑った。
「…最初はね、キスティスのことだと思ったんだ、わたし」
テーブルごとに拡げられたパラソルの下、白いクロスに片肘をついて、リノアは呟くように言った。
「何がだ?」
「急に、思い出しちゃった。むかしのこと」
「…昔って?」
ほんの少し、戸惑って聞き返す。
今日のリノアは濃紺の五分袖のワンピース、首元には長く連なったパールのネックレス、左手の薬指にはマリッジリングを付けている。
黒髪は耳の下あたりで切り揃えられていて、それがもっと長くなびいていた頃の姿が、俺の心のなかでぼんやりとよみがえった。
いまは歳月に洗われて、お互いに澄んだ友情しか抱いていないけれど、すべてを忘れてしまったわけじゃない。
信じられないほどの力で惹かれあって、けれどうまくいかなかった日々のことを思い出し、気まずさが顔に出たのだろう、リノアは笑って首を振り否定した。
「ううん、そうじゃなくて、もっと昔。サイファーにフラれたときのこと」
「……、そりゃまた、昔だな」
俺は拍子抜けして、何となく、リノアと反対側の隣にある飲みかけのグラスを軽く睨んだ。
空席の主は煙草吸ってくる、と中座したきり、なかなか戻ってこない。
「好きな奴が居るんだ、って言われたの。…知ってた?」
リノアはことん、と首を傾げて俺を見た。
(なんだ、つまんない。どんな子? 紹介してよ)
(やなこった。お前に紹介なんか出来っかよ)
(なによ、失礼ね。バラムガーデンのひとなの?)
(…ああ。幼馴染だ)
(どうせ可愛い子なんでしょお?)
(可愛くねーよ。ガキのころは泣き虫だったのに、マジで可愛げねーの)
(じゃあ、美人だ)
街灯の下で、腕組みしたリノアがそう断定すると、サイファーはしれっと認めた。
(…まーな。美人かって言ったら、美人だな)
「…最初は、キスティスのことかなって思ったの。でも、すぐに違うって分かった」
シャンパンで満たされたグラスをゆっくりと傾けたリノアは、遠いティンバーの路地裏の夜を懐かしむように目を細める。
「本当は誰のことだったのか分かったのは、ずっと後になってから。いつ頃分かったのか、もう忘れちゃったけど」
俺が黙ってこの独白の意味を考えていると、彼女はまっすぐこちらに向き直り、大きな黒い瞳で俺の目の奥を覗き込んだ。
「ねえ、スコール。いま、幸せ?」
この不意打ちの質問に…俺は何と答えたら良いだろう?
俺は、幸せだろうか?
…少なくとも、不幸じゃない。
恋人のことは周囲に秘密にしているが、別にあんなふうにみんなの前で手を取りあって歩きたいわけじゃないし、ましてや、神に永遠を誓いたいなんて思っちゃいない。
俺はただ、今の関係が続いていってくれれば、それで良いんだ。
月にほんの数時間、ひそかにふたりきりで会って、まだ相手の気が変わっていなかったことを確認する、それだけで充分――、そこまで考えた途端、かーーーっと、頬に血が集まるのを感じた。
リノアは、気づいてるんだ。
サイファーの言う「マジで可愛げない」奴が誰だったのかも、…バレていないつもりで平静を装い、フォーマルを着込んで花嫁側の招待テーブルに席を並べている俺たちが、特別な仲だっていうことも。
「…幸せみたいね?」
絶句した俺の表情を読み取ったリノアが、答え合わせに満足しかけるのを見て、ハッとなった。
「…なんの話だ」
動揺を気取られないようグラスを口元に運びながら、まだ間に合うだろうか、と一応リセットを試みるが、リノアは「とぼけるのが遅すぎるよ」と吹き出した。
失敗した…。
相手はリノアだ。
もう、誤魔化しはきかないだろう。
「…良かったね、スコール」
しみじみと自分に向けられたちいさな祝福に、何と返したものか迷う。
いつか誰かに知られたらどうなるだろう、とずっと案じていたのに、目の前の景色は変わらず、そこかしこに飾られた淡いピンクの薔薇が風に揺れ、秋の陽が降り注ぐ芝生はキラキラと輝いている。
はぐらかすことも出来た。
けれど、俺も訊きたかったから答えた。
「少なくとも、不幸じゃない」
この世界でそれがどんなに幸運なことか俺は良く知っている、そう思いながら、「リノアは?」と続けて尋ねた。
「わたし? …もっちろん、しあわせだよ!」
リノアが満面の笑みで請け合ってくれたところへ、何も知らないサイファーが大股に戻ってきた。
「いやー、参った。ちょっとからかっただけなのによ、あやうく花嫁に眼からビーム撃たれるところだったぜ」
「あんた、どんな要らんこと言ったんだ」
呆れてため息をつきながら見上げると、サイファーは俺の顔を見とがめ、眉をひそめる。
「スコール、どうした? 顔赤いぜ?」
…うるさい。
「おいリノア、いったい何杯飲ませたんだ?」
「わたしのせいじゃないもーん」
「どうかしたのか?」
隣の椅子にどかりと腰を下ろし、気遣わしげに覗き込んでくるサイファーの様子を、元魔女が嬉々として観察している気配がしていたたまれない。
「…なんでもない。ちょっと酔っただけだ」
せめてもの努力で、火照った頬に手の甲を当て熱を散らそうと試みていると、ステージの方角から陽気なアナウンスが響いてきた。
「それじゃあ、会場の皆さんお待ちかね! 花嫁から、幸せのバトンです!我こそは!って方は、前へど〜ぞ〜!!」
セルフィの声に誘われるように、色とりどりの女性客の群れが、キスティスの前に集まっていく。
「お、ブーケトスだな。センセ、すげぇ投球しねえといいけど」
「流石にそれはないだろ」
「あれ、落っこちると気まずいんだよね?」
確かにな。
任務でゲストとして出席した式で一度だけ、事故に立ち会ってしまったことがある。
慌てて近くの中年の男性客が拾い上げたが、一瞬、なんとも言えない空気が漂った。
「でも、今回は心配ないだろ。見ろ、SeeDの精鋭揃いだぞ」
「それはそれでヤバいんじゃないか?まぁ、盛り上がっていいけどよ」
ピンクと薄紫の薔薇を楕円にまとめたブーケを掲げ、キスティスが優雅に背を向ける。もうすぐカウントダウンだ。
「ねえ、いっそスコールが獲ってきちゃえば?」
いたずらっぽく目を輝かせたリノアのとんでもない提案に、サイファーはぽかんとして俺と顔を見合わせ――それから、「なんだ、やっとバレたのかよ!」と晴れやかに笑い出した。
ブレス・ユー / END