いじめっ子│麻木 りょう 様

午後3時。
休憩は必要だと思うのだが、どことなく仕事に乗れずにいて後ろめたさを感じていた。
乗れていないだなんて、そんな曖昧なものではなく、いつもの量をこなせていないことはデスクの脇に詰まれた書類の山を見れば一目瞭然だ。
それは、たとえ15分でも休んでいてはいけないと思うほどに。

SeeD指揮官であるスコールは紅茶を淹れ労ってくれた補佐官のキスティスに、思わず溜息を漏らしてしまった。

「“私の”仕分けが良くないのね」
「いや、そういうことじゃない」

思い通りに行かないことから、少々イラついているという自覚もある。
そういう感情は表に出してはいけないと分かっているのだけれど…いや、彼女は彼のポーカーフェイスを見事に見破る2人のうちの1人であるし、聞かずともその理由を知っている。

「そう言ってくれたほうが、気が楽なんだけど」
「…俺のせいだ」
「だから。それって」
「………」

心に不具合がある。スコールはそう思っている。仕事をいつもの調子で片付けることが出来ないのも、感情を上手くコントロールできないのも、それは多分…書類の仕分けの仕方のせいでもなく、キスティスの物言いのせいでもない。

「それならそれで、“やること”もあるでしょうに」
「それは関係ない」

と言いつつも、スコール自身それ以外に理由を考えられなかった。けれどプライドからそれを認めることが出来ない。
それは多分、相手も同じだと。

「悪いんだけどそろそろどうにかしてくれない?…貴方からか、向こうからか。私はどちらでもいいんだけど」
「知るか」

キスティスの視線が隣の部屋へと向く。扉で隔てられた補佐官室にいる彼を指してのことだ。
『彼』とは、仕事のそれと別に特別な関係にあるだけに対処が難しい。間に入ってくれるキスティスには、いつも反省を口にしつつ同じことを繰り返してしまう。結局のところ、彼女も幼馴染。甘えと戒めつつ、暗黙の了解として会話は成立する。
スコールはまたもふうと溜息を零す。
思い返して見ればいつだってつまらないことが発端の喧嘩だ。しかし意地の張り合いが続くとこうして拗れてしまう。周囲に迷惑をかけているとコトなど百も承知。…でも、自分が折れるのだけは御免被りたいのだ。
そんな彼を見て、彼女もまた溜息を吐く。

「大体スコール、貴方ね。からかわれてるのが分からないの?彼はこの状況を楽しんでいるのよ?」
「そうじゃない。ただ、俺に頭を下げさせたいだけだろ」
「違うわ。あのね、いじめっ子の心境っていうのを、貴方は分かってないのよ」
「はあ?」

スコールは彼女の訳の分からない分析に思わず声を上げてしまう。これ以上余計なことを考えている時間はない。全く以って理解不能な言葉だ。彼女もまた、苛立っているだけだろうと聞き流すことを決め込んだ。

「もう何日になると思ってるの?ただの喧嘩だった時は終わってるの!いい?溜息を零す、寂しがる、仕事が滞る、周囲が手を差し伸べる…さあて、ようやくオレ様の出番かってね。貴方だけの問題じゃないわ、彼はそういうの全てを楽しんでるの」

だが一点、どうしても聞き捨てならないフレーズに眉を寄せたスコールは、ついそれを言葉にしてしまう。

「別に…寂しいと言った覚えはない」

それに対し、彼女がまず見せたのは呆れ顔だった。
『もういいわ!』とぷりぷりと腹を立て出て行ってしまうキスティスの気持ちなど、スコールには到底理解できないだろう。それはもちろん、彼は自分の感情を分析する必要がないからだ。
確かに怒りなど、とうの昔に消えているし、ただの喧嘩だった時は過ぎている。
不具合の原因は隣にある必然のもの、それがないこと…ただ一点なのだから。



fin.

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