― 明日は、風紀委員長の誕生日なんだよ
ガーデンの昼休み。食堂ではいつもの光景が広がっていた。
クリスマスの話題で色めき立つ生徒達の会話に紛れて、その言葉がスコールの耳に飛び込んできた。「風紀委員長」と、後ろのテーブルの女子は確かにそう言った。あいつの誕生日なんて、知らなかった。だがそれよりも、その後の会話の方がスコールの食事を止めるほどに問題だった。
― それで、どうするのよ?
― ……どうしよう
― 弱気なこと言ってたって、仕方ないって!
― でも…
― 気持ちを伝えるにはチャンスだよ!
― でも、でもさぁ…。恋人がいるって噂だよ
恋人…。あぁ、そうだ。居るんだよ、あいつには。
― 知ってる。同じ風紀委員の…
は?後ろの女子は何を言っているんだ。
― いつも一緒に居るしね
― でも、あくまで噂なんだから
― ダメならそれで納得がいくでしょう?
― 気持ち伝えてみたら?
おい、何を勝手に盛り上がっているんだ。気持ちを伝える?ふざけるなよ。
― ねぇ、プレゼントは用意したんでしょう?
― 一応…
― じゃあ、頑張らなきゃね
勘弁してくれ。何を頑張るんだ。
― そうと決まったら、行動あるのみ!行くよ。まずは声かけなきゃ!
― う、うん…
おい、行くってどこに…。
慌てて振り向いたが、会話をしていたとおぼしき女子の姿はもうなかった。スコールは小さくため息をつき、顔を見そびれたことを後悔しながら席を離れた。これ以上ないくらいに、不愉快だった。誕生日なんて知らなかった。向こうから言う事もなかったし、自分から聞く事もしなかった。腹の底に小さなわだかまりが居座っている。それが自分でも驚くほど重く、苛立ちを伴っていた。
「スコールじゃねぇか」
食堂を出たところで、呼び止められた。声のする方に視線を向けると、サイファーが風神を伴ってこちらに向かってくるところだった。
― 恋人がいるって噂だよ
― 知ってる。同じ風紀員の…
「こんな所でなにしてんだよ」
やけに機嫌の良さそうな声が、逆に苛立ちを増長させた。
「…別に」
自分でも分かるくらい、不機嫌な声だった。
「………何かあったか?」
ここまで態度に出てしまえば、訊いてこない方がおかしかった。
「あんたには関係ない」
「またそれかよ。ったく、大体なんだよその言い方は」
怒気を含んだ声だった。
「……あんたは…」
さっきの食堂での女子の会話を知らないから―
何かが邪魔をして、言葉が出てこない。スコールは開きかけた口を閉じた。
「なんだよ」
「…何でもない。あんたには関係ないと言ったはずだ」
サイファーの顔に、明らかに怒りが見えた。
「そうかよ。お前の事を少しでも気にかけた俺がバカだったな」
「サイファー」
見かねた、風神が制止に入ってきた。
「あぁ…。そうだった。今はお前にかまってる暇はないんだった」
ばかな事をしたとばかりに、サイファーは大仰な身振りで肩をすくめて見せた。
「行くぜ、風神」
「御意」
そう言うと、さっさとスコールの脇を抜けて行ってしまった。
後に残されたスコールは、ただぼんやりとその後ろ姿を眺めていた。
喧嘩になりそうだった。それを止めたのは風神だった。2人で並んで歩く姿を見て、先ほどの女子の会話がよみがえる。
風神の言葉はきくんだな。
小さなわだかまりが、さらに重くなった事を、スコールは感じていた。
その後、夕方までサイファーと会う事はなかった。いや、会おうと思えば会えた。どこに居そうかなど、なんとなく予想はできた。特にこれと言って、いつどこで会おうなんて約束はしていない。気がついたら、いつもそこに居た。
ふと、自分たちの関係に疑問が生じた。そもそも、付き合い始めたきっかけですら、流れでそうなったようなものだった。
食堂で夕食を済ませ、サイファーの姿を探した。どこに雲隠れしたのか、見つからない。部屋に戻ればいるだろうか。そうは思っても、このまま戻る気にもならず、再び食堂へ向かった。