幽霊に花束を│麻木 りょう 様

『いつまでも、こんなことやってんのもガキみたいだと思ってさ』
そんなコトを言い抜けていった仲間もいた。たまに傭兵業を請負うくらいのレジスタンス組織じゃ、実際のところ街の便利屋くらいのものだ。時には下水道のネズミ退治に呼ばれるコトだってある。それを仕事だと思えるか、やんちゃなガキの遊びにしか思えないかはヒト次第だ。

アジトにしている二階建ての古いアパートの重い扉を押し開けて外に出たサイファーは、冷えきった空気に痛みを感じ、灰色のロングコートのポケットからニット帽を取り出して被った。

つい今しがた放った自分の言葉を思い出して、改めて季節が身に染みる。歩き始めた彼の行く先は定まっていない。当てもなく、ただそこから逃げ出すのが目的だったから。

幽霊になって、どの位の時が過ぎたか。
相棒…ひとり、また一人と仲間が抜けて行き、つまりは最後の仲間だった相手をついさっき失った。

『結婚しようかと思ってさ』
『オメデトウ。ってよ、今日はオレの誕生日なんだぜ?それ言われるのはオレのほうだろうがよ』
『悪い。年内にはスッキリさせときたくてさ』
『分かった。今まで世話んなったな』

これからどうすればイイ?だなんてことは考えなかった。
ただ、その言葉が羨ましかった。

自分を世間から匿い、一緒に行動してくれている仲間といる時間は楽しかった。時折、ヒトや情報を運ぶ任務めいた仕事に就くとはしゃぐ自分がいた。たくさんの言葉を残し去っていった仲間以上に、自分自身が現状に満足できずにいることに気付いている。
けれど、どうすることも出来ない。
自分は、幽霊なのだから。

「いつか…会えたら」

言って、ひとりの人物をココロに思い浮かべる。
少しばかりの、行動の自由は手に入れた。歩く足など消え去って、自由に空を駆けることができたなら、行きたいところがたくさんある。見たいものがたくさんある。
けれど、本当の幽霊ではないからどれも手に入れられない。。

そして、ココロは。ずっとどこかに縛られたままのような気がする。
そこから魂を解き放って、本当に思いのまま動くことが出来たなら!

「…贅沢なコトは言わねえよ」

やり切れなさを分かってくれると思うんだ。
息苦しさや不満の解決策を、一緒に考えてくれはずなんだ。
…と、願望ばかりを並べ立ててふと我に返る。

誰だ?そいつは、と。

そんな気の効いた奴じゃない。加えて無口で無愛想な奴だった、と。
互いにそんなココロを抱えて顔を合わすときには、決まってガンブレードを持ち出し訓練施設に向かっていたものだと。

「いつの間にか、別人に仕立て上げちまってる」

そうしてショウウインドウに映る自分の姿に目をやった。
額の傷を隠すため、人相を誤魔化すために伸ばした髪や口髭。汚らしく、実際の年よりも老けて見える。体躯こそなまらないよう鍛え続けているが、薄汚れた灰色のロングコートや手入れをしていない傷だらけのブーツといった格好からも、記憶の中の自分とは別人だった。

「もう…夢なんか見るな。オマエに似合いの相手を見つけりゃいいだけのハナシだろ」

ガラスに、はあっと息を吹きかけ不鮮明になった自分にそう言って胸を叩く。
感傷的になった自分を叱り付け、サイファーは歩き始めた。



アパートに戻ると、相棒は居なくなっていた。
代わりに、テーブルの上に白い封筒が置かれていた。それは、仕事の依頼や資金調達の知らせを寄越す支援者からのものに違いない。いつもは仲間が開封するそれを、サイファーは手に取る。ペーパーナイフを使って開けると2つに折りたたまれた便箋を取り出した。

1222 ドール駅前 2000
待ち合わせ場所と時間が書かれた指令書だった。

怪しさを感じないでもなかったが、今更、罠が仕掛けられているとも思えない。むしろ、死ぬためにも生きていくためにも応えなければいけない指令だと思った。

「誕生日プレゼントにしちゃ、洒落てるじゃねえか」

呟いて、サイファーはいつも仲間がやっていたように指令書を灰皿の上で焼いた。約束の時間はもうすぐだ。どこからか湧き上がる高揚感を意識して押さえ込み、サイファーはアパートの扉を開けた。





1222 ドール駅前 2000
その日、彼は差出人不明の白い封筒から、そんなメッセージを受取っていた。
暗号めいた書き方ではあったが、内容は単純だ。
最初の数字が日付、そして後半のそれは時間だろう。
指定された日時、その場所には何が待ち構えているのか。
悪戯か、もしくは自分を厄介に思う者の罠か。それとも…。

「ああ、それね。貴方ならどう思うかしら、と思って」

キスティスは届けられた手紙の仕訳を行うSeeD指揮官スコールの手元を見てそう言った。

「無視、とはいかなかったようね。日付のせいかしら?…気になるなら、空いているSeeDを行かせることも出来るけど」
「いや、その必要はない」

気を利かせてくれた彼女に冷たく言って、彼はその手紙をゴミ箱に捨てた。言葉よりも、もっと冷酷な態度で。





時計台がその時刻を知らせた時、ドール駅前にサイファーはいた。いつもなら、依頼主に雇われた人間が約束の時刻になるとこちらに接触してきて具体的な仕事の指示をしてくる。手紙を渡されるだけのときもあれば、行動に必要な金を受取ったりもする。
…さて今夜は、どんな依頼になることか。
サイファーは寒さに痺れる手を灰色のロングコートのポケットに突っ込んでその時を待った。


駅前広場の時計台は指定された時刻を指している。
…もし。
そうだったなら、これでも渡してやろうと買い込んできた花束に視線を移す。
スコールはそれらを見ながら溜息にも似た大きな白い息を吐き、駅舎を出たのだった。



fin.

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