幽霊になる│麻木 りょう 様

しばらくの間、幽霊になってくれ。
そんな依頼…いや、正式にはSeeDになっていないオレにそんな事を言い出した奴があった。
うんとも嫌だとも言う前に、とんでもない事態に飲み込まれていることに気付いた。
自分の“死亡記事”が翌日の新聞にデカデカと載ったのだ。

一緒に幽霊になった魔女は、別のレジスタンスに属しているらしいが、詳しいことは知らない。辛く、寂しい思いをしていなければいいと願うだけだ。
あの後。
報道を見て世界が自分をどんな存在として見ていたのか、そして隣で泣く女をどんなふうに思っていたのかを知って胸が苦しくなった。
オレはそれが二度目だったから、魔女の心にある悲しみや寂しさがどれほど深く辛いものかと知っていたから、あいつに泣くなとは言えなかった。
受け継ぐ力は強大で、時にヒトに恐怖を与える。
だから疎外され、迷い、不安や孤独を覚えるようになる。
魔女には騎士が必要だ。魔女の心を癒す、魔女の心を支える騎士が必要なんだ。
あいつが、そんな相手に出会えればいいと。
そう………アイツに。
魔女ではないけれど、アイツにも同じ事が言える。
だから、アイツにも。
いや…アイツが、そんな相手に出会わなければいいとオレは思う。

気になって仕方ないのは、アイツが生意気にもオレと同じ武器を選んだからだ。
気になって仕方ないのは、アイツが優等生ぶってオレが悪者にされるからだ。
気になって仕方ないのは…!

考えて、たどり着いた理由はもっと単純な気持ちだった。
なくすことなんて考えもしなかった。いつか、一緒に戦いに出て、一緒に喜びを分かち合って…また、刃を向かい合わせて力をつけて。そんな未来しか見てなかった。きっとあいつも同じなんだと…同じ気持ちをもっと語り合いたかった。もっと、ずっと傍にいて、いろんなことを見て、話して、それから…。
その相手は、自分しかいないはずだと強く思うようになった。

あれから。
数ヶ月に一度、オレに手紙が届く。
レジスタンスごと支援してくれている“誰か”からの手紙だ。オレはそれにしたがって行動している。
幽閉されるでもなく、本当に殺される訳でもなく。
そりゃ、初めはかなり不自由を感じていたけれど。
多少髪を伸ばして髭を生やしたくらいで、何年も普通の生活を送っている。
支援してくれている仲間たちの活動資金は…聞かないことにしている。多分、オレに変なコトを言ってきた手紙の主が提供しているに違いない。
レジスタンスとはいっても、何に対してという活動はなく、腕の立つものが傭兵家業や便利屋のようなことをしているようだ。養われているのは性に合わないから、モンスターを蹴散らかしては拾ったアイテムを売りさばいて金にしている。
最近ではガルバディアまで足を伸ばすこともある。仲間と一緒に目的地に乗り込み、情報をやり取りしたり人やモノを運んだりしている。そんななかでヒトの記憶が変わってきてることに気付いた。あの戦いの記憶が薄れているように思うのだ。
このときになってようやく幽霊になるという意味が分かったような気がした。この作戦は魔女も、騎士もSeeDもヒトの感情も、全てを救うためのモノだったのだと。

だが、こうして生きていくことに納得しているかといえば、そうでもない。
でも…やりたいことをやるには、時間が必要なのだという事は理解できた。待機命令は大嫌いだ。オレは犬じゃねえ!だけど…。
テレビで見た、あいつの悲しみを堪えた顔がオレをここに留まらせていた。
親友じゃない。戦犯じゃない。オレはただ…!
それよりも。
もっと大切なことを伝え続けるために、今は我慢が必要なのだと。

年に一度、アイツに合わせてくれるようになったのはご褒美だそうだ。
胸が張り裂けそうになる思いを堪えて列車を降りた。後を付けて来るアイツを撒くのは簡単だった。
悪いけど、今はまだその時じゃない。

それまでの間、オレは幽霊でいると決めたんだ。
今はまだ、顔を合わせて会うことは出来ない。この作戦は、いまだ実行中なんだ。
その時が来るまで、待っていてくれ…スコール。



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