流れ行く時│麻木 りょう 様

テレビをつけっ放しにしたまま転寝をしていたスコールは、夢か現か耳障りな音を感じた。しかし現実には有り得ない会話から、それがテレビであるコトに気付く。寝返りを打った彼はまどろみの中、しばらくそれをぼんやりと瞳に映していたのだった。

学校を卒業して何年か後の同窓会という設定らしい。パーティ会場をこっそり2人で抜け出した男女が夜景をバックにした川辺の遊歩道を歩いている。昔話で盛り上がり、記憶違いを摘み上げて笑う2人。いつしか言葉が途切れ、ふと立ち止まり見つめ合う。


「ずっと好きだった…今もだけど」


男の左手に光るものがあるのを知りながら、女はそんなことを言う。



「有り得ない」



言ったのはテレビの中の俳優じゃない、スコールだ。

自分の左手にちらりと視線をやって自嘲気味に息を漏らす。笑いにもならない、溜息にも似たそれを彼は自ら吹き消した。

ドラマの台詞が何と続いたのかは敢えて気にしない。彼はむくりと起き上がり傍らに転がっていたリモコンでテレビを消した。


唯一の明かりがなくなって、部屋は暗闇となる。しかしスコールは目を瞑って方向性を整えるとすっと手を伸ばした。ずいぶん長く暮らしている場所だ、明かりなど無くても歩き回ることはできる。洗面台で蛇口をひねって顔を洗い、あるべき場所を探って手にしたタオルで拭う。それから戻ったときに脱ぎ捨てたジャケットを摘み上げ羽織ると、彼は足早に部屋を出た。

約束の時間は覚えていない。けれど、約束をしたのは今日のはず…冷静沈着なスコールには珍しく、腕時計で日付を確認しエレベータのボタンを押した。




「外出届に書かれた時間をとっくに過ぎているじゃないか」

「すみません。列車が遅れたんです」


寮のある棟からメイン施設に入ると、カードリーダー前で管理人と学生たちがもめている声が聞こえてくる。


「そんな連絡は入ってないぞ」

「えー!本当ですって!!信じて下さいよ」


昔から変わらない光景だと思いながらそこを通り過ぎ、スコールは駐車場へ向かう。

ガーデンを卒業してからもそこに籍を置き、傭兵として任務をこなす日々。学生と同じ規則や規律で扱われることに窮屈さを感じ出て行く者が多い中でスコールは少数派だった。

駐車場の管理人に外出届を手渡しながら、彼は呟いた。


「確かに、煩わしさもあるけどな」


少しばかり学生たちと同じ感覚を持ちながらも彼には、この場所にこだわる理由がある。



「何か言ったか?」

「…別に」


学生を管理する教師たちのように、それぞれの場所にいる管理人は高圧的だ。だが、決まりごとに則っていさえすれば、何も気にならない。元から優等生のスコールはそうした中で暮らして行くことのほうがむしろ楽だった。


「そうか?…まあ、それはいいとして」

「それじゃ」


ひと月のうち半分以上戦場に居る。少し前は…直撃こそ免れたが、着弾の衝撃で意識を失い次に目を覚ましたのは病院だった。さっきもそうだ、覚醒したときにすぐに分かるようにとテレビをつけっぱなしにしておいても、無事に任務から戻り自分の部屋にいることに気付くまで幾許かの時間を要した。

学生、規則、教師、管理人…自分の体験してきた時間とさほど変わらずにあるここは、自分の現実がどこにあるのか確かめるために必要な場所なのだ。


「待ちなさい、スコール・レオンハート!…車は必要ないのか!ガーデン車両を持ち出すなら…」


追いかけてくる声は無視だ。いつからそこに停まっていたのか、スコールはエンジンの掛かった車に近づき助手席の窓をノックした。


「今日で、良かったんだよな?」

「は?遅刻のうえにそこまで言うか。ありえねえな、おまえ」


運転手は窓を開けてくれたが意地悪にもドアロックを外してくれない。現実を忘れてしまいそうになる毎日の中、約束の日付を覚えていたうえに、生きてここに居るのだから褒めて欲しいくらいだと言うのに。スコールは窓から腕を突っ込んで自分でロックを外し車に乗り込んだ。

ようやく、自分がここにあるという実感が湧いてくる。柔らかなベッドでもなく、美味い食事でもなく、今隣にある者の存在がそう感じさせてくれる。


「…あ。これ、見てると思った。あんた、ロマンティックが売りだからな」

「話題変えんな。つか…おまえ寝てたのかよ。ひどい寝癖だな」


伸びてきた左手が鬱陶しいくらいに伸びた前髪を掻き上げる。隠すつもりはないし、誤魔化しもしない。見たままに判断すれば良いとスコールは思う。

ナビ画面をテレビに切り替えて時間をつぶしていた彼は、さっきスコールがまどろみの中視線をやっていたドラマを見ていたようだ。川辺の遊歩道に女が独り佇んでいる。


「バカだ、この女」

「だな。ありえねえ。だったらそん時モノにしとけっての」


時を経てからの女の告白は男の心には響かなかったようだ。現実には有り得ない世界をドラマティックに綴るのがテレビなのかも知れないが、そんなコトが罷り通ったら、今ある自分のすべてが崩れてしまいそうな気がしていたから、スコールはこの展開にある意味ほっとしながらそう言った。


「便利だな、その言葉」

「ああ」

「俺は使わないけど」


窓の外を見てそう呟くと、運転手はフッと息を漏らし「可愛くねえの」と返してくる。彼はシフトレバーをパーキングからドライブに移しアクセルを踏む。片手でハンドルを操ってもう片方の腕を助手席に伸ばした。車が動き出すと、感情をざわつかせる原因となっていたテレビがナビゲーションシステムに切り替わった。そうして、スコールは心地良い時に包まれたのだった。


何人であっても、どれだけの力を手に入れようとも時を戻すことなど出来ない。いや…もしそれが出来たとしても、満足行く結果に過去を書き換えることは出来ないと彼らは知っている。過去と今、そして未来は同じ道の上にあるのだ。

互いの左手にあるお揃いのシルバーが街灯の明かりを弾き返す。スコールはふと左手に視線を落とした。

きっと今日、自分が寝過ごして約束を違えたとしても、迎えに来てくれた揃いの指輪の相手は気の済むまで待ち続けたことだろう。そして便利なものはたくさんあるけれど何も使わず、ガーデンの管理人に言伝を頼み、黙って帰ったことだろう。


「…サイファー。腹が減った」

「分かってる。もう少しで着くって」

「いつものとこで良いのに」


その指輪は昔、何の前触れも説明もなく彼から届けられたものだ。意味は…分かっているつもりだが、聞いたことはない。知りたいとも思うが、放っておいても良いとも思う。多分、今夜のテレビドラマと同じような台詞を使えば簡単なことなのかも知れない。けれど、それよりずっと複雑で深い気持ちやこの関係を表すには、あまりに軽くてそぐわないと思うのだ。


「あそこはダメだ。もうすぐ閉まっちまう。誰のせいで予定変更になったと思ってる」

「不測の事態だ」

「…ったく」


自分の口癖も、彼のそれを真似たモノも、この愛しい時間には決して聞かせない。大嫌いな過去形で心や自分を語られないよう、拙くとも目くるめく展開など無くても、この物語を紡ぎ続けていきたい。

心も感情も言葉も、只々思いのままに。すべてを預けた相手のために。



fin.

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