眠り│渡邊直樹 様


※ 死にネタが駄目な人は回れ右
















 太陽の眩しさに目覚めても、触れられた指先の感覚も熱い口づけの余韻も残るのにベッドは冷たかった。
 一人分の温もりしか残していないシーツなど剥ぎ取って丸めて洗濯籠に放り込んでしまいたかった。
 恋人の笑顔も腹立たしい写真たてをスコールは睨み付ける。
 もうあれから何年経っただろうか?
 
 
 
 8月23日 ─────
 
 
 
 それはスコール・レオンハートの誕生日であると同時に、彼が唯一愛した人間の没日でもあった。
 なにもわざわざそんな日に死ななくても良いじゃないかというのは、真っ当な意見だろう。
 おかげで毎年この日を憂鬱な気分で迎えなくてはいけない。
 事情を知っている親しい人たちがなんとも云えない目で自分を伺うのも煩わしい。
 
 「ほんと、あんたは最後まで好き勝手しすぎだ、バカ」
 
 幼い頃からその背中を追いかけていたような気がする。
 いつでも真っ先に飛び出していき、強引に自分を引っ張っていくサイファーの存在は眩しかった。眩しかったけれど、いつまでも前を歩かせてばかりはいないとムキになり始めたのは幾つのことだっただろうか。
 ガーデンで過ごすうちに、いつしかスコールは優等生と呼ばれる立場になっていき、自由を好むサイファーは劣等生のレッテルを貼られるようになった。仕方がないことだ。学舎にいる以上、ルールという名前の枠組みはあって当然のものだ。ましてやガーデンという学舎の性質上、与えられた指示を守りその上で行動することは重用だった。自分だけではなく、仲間の生命を守る為に。
 だが、既存の枠でしかサイファーを測れないのは愚かだとスコールは口にはしないが思っていた。
 あの金色の獣を閉じこめておけるような檻はこの世界には何処にもありはしないのだ。
 だから、あっけなくこの世界から居なくなってしまったのかもしれない。
 それはくだらないと吐き捨てるべき感傷なのかもしれないが、しかし、おそらく真実なのだろう。
 おかげで永久に追いつけなくなったとスコールは思う。
 本当は並び立ちたかった。
 敵と味方に分かれて向かい合ったあの時を憎むことはない。あれはあれで楽しかったと思っている。サイファーと闘える自分になれたことが嬉しくて、その瞳が自分をライバルとして睨むことさえ喜ばしかった。いつまでも背中しか見られなかった自分がそうでは無くなったことがどこか誇らしくさえあった。
 けれどやはり思うのだ。
 敵としてライバルとして戦い合うのは楽しかったけれど、それ以上に仲間として共に闘っていたかったと。
 あれと一緒にならどんな困難な任務でもこなせるような錯覚さえ覚えていた。
 大戦が終わった後、サイファーの身柄はガーデン預かりとなった。
 いくつもの制限を付けられた後、償いのためと称しては危険な任務ばかりまわされていた。
 『回りくどいことしねぇでさっさと処刑しちまえば良いのにな』
 そういって唇を歪めるサイファーは、別に死にたがっていた訳では無かったと思う。
 少なくとも任務で死ぬつもりはなかっただろう。
 幾つかの季節をそうやって共に過ごした。
 過ごしているうちに、互いに恋人と呼べる仲になった。
 あれだけ啀み合っていたのに、果てには殺し合いまでしたのにわからないものだなと笑った顔は子供の頃のままのようにも見えた。
 周囲から見ればおままごとのような恋だったかもしれない。
 ろくに一緒に出かけることもせず、出来ず、ただ夜に触れ合うだけの恋だった。
 それでも、同じ部屋で時を過ごせるだけで満足だった。
 他愛のない会話をして、温もりを求めて同じベッドに転がった。くだらない理由で喧嘩もしたし、二人でどこか遠くへいくなら何処がいいかなんて夢みたいな話も沢山した。どこかへ旅に出るなんて、到底無理な話だということは嫌というほど解っていても、莫迦みたいに夢だけは見ていた。
 多分、幸せだった。
 自由がない毎日だったけれど、それでも幸せだった。
 終わりはあっけなかった。
 幸せなんて長くは続かない、そしてかくも脆くも崩れ去ることを思い知らされた。
 サイファーが死んだのだ。
 戦いの中で逝ったのならまだ良かった。
 病に蝕まれた結果ならまだ諦めもついた。
 処刑されたのであれば、なぜに今更と憎むことも出来た。
 だが、そのどれでもなかった。
 『そろそろ旅に出る』
 たった一言、電話横のメモにそう書き残したサイファーはFHの碧く青い海に消えた。
 らしいといえばらしい最後に、涙も出なかった。
 他人の手にかかって死ぬことも殺されることも良しとせず、自分の終わりを自分でつけただけなのだろうということだけは解った。ただ、どうして一緒に行こうとは云ってくれなかったのかと怒りはした。なぜあんな一言だけで相談もせずに決めてしまったのかと哀しくはなった。
 おかげで、スコールはいつまでたってもこの日が来るたびに胸が痛む。
 写真の中で笑うサイファーとは、もう一回り以上年齢が離れてしまったというのに新しい恋をすることも出来ずにいる。
 死んだからといって終わりに出来るような恋では無いことをお互い解っていただろうに、勝手に死んでしまったサイファーは酷い裏切りものだった。その裏切りを許すことも忘れることも憎むことも出来ずにここまで来てしまったのだから、もう一生無理だろう。
 いつまで経ってもサイファーはスコールの恋人でありつづけ、スコールもそうであることを止めはしない。
 魔女の呪いよりもある意味厄介かもしれない。
 あと幾度、この日を数えたら呪いはとけるのだろうか。
 変わらない笑顔を見せる恋人の写真の前に煮詰まった珈琲を置いて、スコールは再びベッドに潜り込んだ。


fin.

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