holiday│彦坂 様

 夏になると、スコールは毎年昔なじみから同じ質問をされる。
「ねえねえ、はんちょ! もうすぐ誕生日だよね〜? なに欲しい?」
「おっ、そうだ! 生徒から訊いて来いって言われてたんだよな。お前、最近なにか欲しいモンとかねーの?」
「貴方、もうすぐ誕生日よね? プレゼントの希望ある?」
 朝の食堂でパン山盛りのトレイを持ったセルフィ、執務室にSeeD試験の打ち合わせに来たゼル、出張に同行した運転中のキスティス、3人からの質問に、今年のスコールは「…有給」と答えた。
 無理もない。
 詳しく語れば長くなるので、なるべくおおざっぱに説明する。
 この春先、無理難題ばかり持ち込まれる責任者という立場に嫌気が差して、スコールは指揮官を降りた。
 後任者は古株の教員のなかから選任されたのだが、この人物が着任早々、生徒の求めに応じて整備不足のガーデンを軽率に飛ばし、バラムから遠く離れた上空でエンストさせるという大事故を起こした。
 幸か不幸か、コントロールルームに居あわせてしまったスコールを含む関係者全員が魔力の限りを尽くし、なんとか海上に着水したものの、そこからバラムに帰りつくまでが、また大変だった。
 得意客と交わしているSeeD派遣契約はあわや不履行になるところを急遽他ガーデンに委任して穴埋めし、無理な着水の衝撃で破損した箇所を修繕したり、不足物資の補給をしたりしながら洋上を航行してバラムまで戻っていった訳だが、途中で大嵐に見舞われるわ、巨大な海洋生物に遭遇するわで、最終的に飛行機能の復旧に成功して本来のバラムガーデン敷地内に着陸するまで、いやはや、苦難の連続の3ヶ月だった。
 ちなみに、シュウの一声で、着水した直後から指揮官はスコールに戻された。
 スコール本人も、他人任せにした途端の惨事に、こんな目に遭うなら軽率に辞めなければ良かった、と深く後悔した。
 そして今は出資者や得意客の信頼を取り戻すため、もっと具体的に言えばこの不幸な事故が生みだした巨額の赤字を減らすため、指揮官は日々業務に忙殺されている状態なのだ。

* * * * *

「キミ、誕生日プレゼントに有給欲しいんだって?」
 出張帰りのシュウが、カツカツとブーツのヒールの響きも勇ましくやってきて、指揮官のデスクの前に立った。
「…出来ればな。有給というか、せめて代休が欲しい」
 忙しければ忙しいほど燃える、という特異体質のシュウとは対照的に、スコールは明らかにやつれ気味だ。
 ガンブレードを振り回すような分かりやすい業務ならスコールもここまで消耗しないのだが、会議やら演説やら交渉やら、本人の好みとはかけ離れた仕事ばかりで、精神的な疲労が蓄積していた。
「確かに、疲れた顔してるな。…よし、分かった。何とかしよう!」
「…本当か?」
 シュウの寛容な反応が信じられず、スコールがぱちぱち瞬きして訊き返すと、彼女は苦笑して「本当だ」と請け合った。
「また逃げだされても困る。せっかくだから、他に欲しいものがあったら聞かせてくれ」
 復職後の指揮官のスケジュールを予定で埋めつくし、資料をわんこそばのように容赦なく次々とデスクに載せて来たシュウだが、そろそろスコールにも息抜きが必要だろうと思っていたところだった。
 スコールは思いがけないシュウの提案に首を傾け、少し思案して答えた。

「それじゃ、同じ日に、サイファーの有給」

 これには執務室内がおおおーっ、と(仕事中なので、控えめに)どよめいた。
「…は? マジでか?」
 ご指名のサイファーがいちばん、面食らった顔をしている。
 サイファーは現在、実戦上のエースで、スコールの恋人でもあるのだが――いつものスコールは彼との関係について触れるのを極力避け、そして触れられるのをものすごく嫌がる。皆が驚くのも当然だ。
 多少のことでは動じないシュウも、意表を突かれて眉を釣り上げた。
「へーえ。キミにしちゃ、ずいぶんストレートに来たね…。いいよ、調整する」
(ひゃー、デート? ねえねえ、どこ行くの?)
(しらねーよ)
 隣の席のセルフィがさっそく目をキラキラ輝かせ、口元を覆って小声で冷やかしてくるが、サイファー自身、いま初めて聞いた話なのだから、行き先なんか見当もつかない。
 しかし、もちろん悪い気はしなかった。
 日ごろ素っ気ない恋人が、こんなにも正面切って、自分と誕生日を過ごしたい、と公言したのだ。
 いつもなら熱心に計画を立てるサイファーも、今年はどうせ一日中仕事だろ、とあきらめていたから、まったくのノープラン状態だ。
 突然天から(というか、「合理性の鬼」と呼ばれるマネージャーのシュウから)降って来たふたりの休日を、どこでロマンティックに過ごすべきか…サイファーが思考をフル回転させ始めたとき、スコールが再び口を開いた。
「シュウ、それと…もうひとついいか?」
「どうぞどうぞ。この際、なんなりと」
 珍しいリクエストを面白がって、恭しく両手を広げて促すシュウに、スコールは真顔で頷き、こう言った。

「訓練施設ひと区画、貸し切りにしてくれ」

 * * * * *

 そういういきさつがあって、いい歳した男がふたりして、息も絶え絶えで地べたにすっ転がっているわけだ。
 8月23日、訓練施設のいちばん奥の一角。
「おい、スコール…、いい加減、これで、気が済んだ…、だろ? …だよな?」
 サイファーが荒い呼吸の合間に尋ねると、スコールはしばらく考え、目を閉じて頷いた。
「…、そう、だな…」
「よっし、んじゃ、終わりだな! 終わり!」
 ようやく停戦合意を取りつけたサイファーは、蒸れたグローブを外して放り出し、長く息を吐いた。
 早朝のまだ涼しいうちに軽いウォームアップから始めた訓練は、食事や軽い休憩を挟んで延々と続いた。
 途中、何度かスコールに「なあ、そろそろ終わりにしねえか?」と水を向けたが、「もう少し」「もう少し」と粘られ続けて、もう夕食時だ。
 本当にバトルだけで日が暮れてしまった。
「さすがに疲れたな…。シャワー浴びて…、ビール飲んだら二口で寝そうだ…」
 すぐ隣の地面に転がったスコールの色気の無い発言に、サイファーは顔をしかめる。
「お前、せっかくふたりきりの誕生日だっつーのに、恋人を叩きのめして終わりかよ」
 ふたりの実力は、ここのところ拮抗しているが、最初から長期戦の心づもりがあったスコールと、少しは別の過ごし方も期待していたサイファーでは、どうしたってスコールが有利だった。
「そう言うあんただって、もうそんな気力ないだろ?」
 確かに、そのとおり。
 汗にまみれて一日じゅう走り、ブレードをかち合わせ、集中して魔法を放ち、飛び退って攻撃を避け、間合いをはかり、踏み込んでまたブレードで切り結び、倒れてもまた起き上がって、初めから繰り返す。くたくただった。
 特に今日のスコールはフェイントが多く、ずいぶん振り回された。
「お前がえげつない戦法取るからだろーがっ」
 図星のサイファーが悔しそうに唸って、後ろ髪を引っ張ってくる手を振り払い、スコールは笑う。
「あんたに勝つのは気分がいいな」
「そうだろうな、クソッ」
 サイファーは悪態をついて気力を振り絞り、湿っぽい地面から身を起こした。
「たまにはいいだろ。いつもは俺が負けてるんだから」
 続いて起き上がったスコールが、何でもないような調子で漏らした言葉を、サイファーは近くに放り投げた手袋を拾いながら訊き返した。
「…いつも?」
「……負けてるようなもんだろ」
 スコールは少しためらってから、曖昧に答える。
 身に覚えが無いサイファーは、スコールを振り返った。
「負けてる? …いつだ?」
 スコールはサイファーの問いかけには無言で、ブレードの毀れ具合を見ているフリをしている。
 どうやら、今の会話は無かったことにするつもりらしい。
「…おい、お前が俺にいつ負けてるって?」
 サイファーは黙り込んだスコールの態度を訝しみ、背けようとする顔を覗き込む。
 その頬が、うっすら赤く染まっているのを見て、はたと思い当った。
(ああ、…そういう、)
 分かってしまうと、口のあたりがむずむずとニヤケてくる。
(お前…、ベッドでいつも、そんなこと考えてたのかよ)
 サイファーほど感情を剥き出しにはしないけれど、スコールだって実はかなりの負けず嫌いだ。
 深い付き合いになって数年が経つが、「あんたがヤりたいならしょうがない」みたいな悟った顔をして応じているスコールが、未だにそんなふうに感じているとは思わなかった。
(負けてるようなもんだろ、だってよ)
 喜ぶところじゃねーかも、と思いながらも、わずかに悔しさの滲んだその響きに、子どもじみた単純な嬉しさが湧きあがって来るのはどうしようもない。本能だ。
「…気が変わった。シャワー浴びてメシ食ったら、リベンジマッチな!」
 サイファーは宣言して、急に帰り支度を急ぎ始めた。
「本気か? 明日は通常業務だぞ。…しかもあんた、出発早くなかったか?」
「それを知っててここまでやるなよ!」
 信じられない、と引き気味のスコールに、サイファーは思わず吠える。
「あんた相手に遠慮しても仕方無いと思ってな。…なあ、いくらなんでも、今日は無理だろ。また今度にしないか?」
 スコールは無茶な誘いをかわそうと試みるが、苛立ちと熱をはらんだ両目で睨まれる。
「今度って、いつだよ」
 不満げなサイファーに強引に腰を抱かれて、これはダメな流れだと悟った。
 後ろ頭をぐいと引きよせ、目を開けたままのスコールに構わず、サイファーは唇を重ねてくる。
 自身も疲れ果てているはずなのに、こうなるともう退かないのがサイファーだ。
(そういうところが、面倒くさいんだ…)
 あきらめて目を閉じ、サイファーの背に腕をまわしながら、スコールは心の中でため息をついた。
 その実、スコールはサイファーのそういう面倒くささが好きなのだが、本人にはその自覚がない。
(どうしてこんな面倒くさい男が好きなんだろうな)などと、もう何年も不思議に思っているのだった。

 * * * * *

 それから部屋に帰って順にシャワーを浴び、食堂からテイクアウトした料理をテーブルに並べ、結局…ビールを二口飲んで寝た。
 ふたりとも。
 向かい合った食卓でふたりは、ほんの瞬きのつもりで目を閉じ、そのまま、眠りの国に吸い込まれた。
 スコールは椅子からずり落ちてかけて危ういところで止まり、サイファーは無意識に腕で皿を向こうに押しやって、テーブルの上に崩れた。

 * * * * *

 夜中、スコールはがくんと上体が落ちる感覚で目を覚ました。
 こうこうと点いた明かりが眩しい。
 椅子の肘掛にもたれて、ずっと眠っていたらしかった。
 卓上にはほとんど手付かずの皿が並んだままで、向かいの席ではサイファーが食器の隙間に突っ伏している。
 壁の時計を見あげると、午前1時を回ったところだ。
 おい、サイファー、と声をかけようとして、スコールは口をつぐんだ。
 サイファーは…よく眠っている。
 テーブルの上に置いた腕を枕にし、顔の半分を明かりにさらして。
 スコールは椅子から立ち上がって、サイファーの側に回り込む。
 彼がひじで踏んでいる皿をどけ、頬に食い込んでいるフォークの背も外してやり、スコールは、眠るサイファーの無心な横顔を眺めた。
 なんだかんだといろいろあったが、今年もまた、無事に同い年になったのだ。
 昨日は楽しかった。…とても、楽しかった。
 サイファーも、昨日は久しぶりの休日だったはずだ。
 それを切り分けず、彼は丸ごとぜんぶ自分にくれたのだ、まるでホールケーキみたいに。
 往けども往けどもイバラの道のりでも、自分は案外幸せなのかもしれない、とスコールは思う。
 祝ってくれてありがとう、と小さくつぶやき、眠る顔に顔を寄せて、フォークの跡のついた頬にキスを落とした。 
 それからスコールは少し考え、恋人の鼻をつまんで、彼が目を覚ますのを待った。


fin.

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