その時のために 麻木 りょう様


1年で一番大事な日に任務が入るだなんて、と文句を言ったところで仕方がない。高ランクSeeDが必要とされる仕事だ、自分が行かなきゃ、スコールが行くと言うに決まっているのだから。
それでもやりきれなさに『あーあ』と朝から何度も溜息を吐くオレにとうとうスコールが堪えかね、共に暮らす部屋を出る直前、あろうコトか!この大事な日に!!オレたちは喧嘩してしまったんだ。

「ただいま戻りました。リノアを見つけたから連れて来たわよ。大事な用があるんだって…入れてもいいかしら」
「ああ」

仕事が始まっても当然気持ちは晴れない。午後からの任務の打ち合わせにと、SeeD指揮官であるスコールの元を訪れたのはいいけれど、書類を渡され読むようにと言われた先から会話はゼロだ…。溜息が出るのは素直な気持ちだし、謝るつもりはない。だけど喧嘩したまま出掛けるのはイヤだ。何とかしたいけれど、上手い言葉が見つからない。そんな気まずい雰囲気漂う指揮官室にランチに出ていたキスティスが戻ってきた。

「ハッピーバースデー!サイファー!!はい、これプレゼント」
「ああ!?」
「ああ?はないでしょ。『ありがとう』ぐらい言ったら?」
「勝手に押し付けといて、礼を要求するなよ!」

元々喧嘩友達みたいなリノアにはこのくらいで丁度イイ。素直に『ありがとう』だなんてスコールの前で言ったら、余計に機嫌が悪くなるかも知れないし。

「ナニよその言い方!もう!いいから開けてみてよ。早く」
「なんで。仕事中だろ、今は」

ちらりとスコールを見れば、まるで興味がないとでも言う風に書類に視線を落としたままだ。
つうかさ、おまえ今聞いただろ?オレ今日誕生日なんだぜ?おまえまだ、それだって言ってくれてないじゃねえか。オレの溜息の理由のなかにはそれも混じってるんだぞ…だなんて、言い過ぎか。素直にそんなコトが言えるようなヤツじゃないことは良く分かってる。だから、忙しく任務に出かけるようなことはしたくないんだ。

「いいじゃない。すぐ使って欲しいと思って選んだのよ?」
「…ったく」
「あら、コーヒーカップ…しかも、ペアね」
「ねえねえ、これ使って。今すぐ」

がさがさと包みを開けてみると、洒落たデザインのコーヒーカップがふたつ現われた。ひとつじゃなくて、ふたつ…気が利くじゃねえかと褒めてやりたいところだが、喧嘩中のオレらには逆効果だ。元カノからのプレゼントを共に喜んでくれるほど、今のアイツに余裕はないはず…ほらな。
横目で様子を探れば、オレを睨むような視線が刺さったような気がした。『うーん』と唸って返事に困っていると、これまたキスティスのナイスアシストに救われる。

「そうするべきよ、サイファー。お姫様のお願いなんだから」
「…ったく」

それはスコールに掛けた言葉だったのかもしれない。長い付き合いである彼女は敏感にオレらの具合を感じて間に入ってくれることがある。打ち合わせ中だと分かっていてリノアを連れて来たのも、そうした考えがあったからかもしれないとオレは思う。『仕方ないな』と呟きながらスコールを見遣ると、彼は慌ててこちらから視線を外した。
ああ、とオレは少しこころが痛む。
早く喧嘩を終わらせたいのは、スコールも一緒なんだ。オレに任務を課したのは結果的に彼なのだから、溜息を吐きたいのは彼も同じだと言うのに…オレは。
そう思いながらリノアに視線を戻すと、もうひとつ手にしていた紙袋からランチボックスを取り出した。

「サンドイッチ買ってきたんだけど、ココで食べてもいい?」
「おいおい。オレらだってまだだって言うのに」
「そうなの?」
「オレはまあ…列車の中で食えばいいけど、スコールは…」

まったくもってわがままなお姫様だ。トップシークレットを扱うこの部屋に入るコトだけでも特別扱いだというのに、暢気にランチを取ろうだなんて何てヤツだ!…けどスコールはきっとそれを許すのだろう。オレには厳しいくせに、元カノには酷く甘いあいつのことだから。

「じゃあ、これ。スコールに譲るわ」
「俺の事は、気にしなくてイイから」
「そうすれば?私、コーヒー淹れてくるわね。サイファー、そのカップ貸して頂戴」
「ああ」

まだ箱に入ったままのそれをキスティスに手渡し、オレはまたスコールを見た。リノアにサンドイッチを手渡され困り顔を見せている。少し強引なくらいがいいんだ、あいつには。…なのに、オレはナニを迷ってたんだろう。謝りはしなくても言葉に出来ることはたくさんあるのに。あーあ、と思うとまた溜息が出そうになって慌てた。さすがにこのタイミングでは不味いだろうと。

そんな中、また賑やかなのが飛び込んできた。

「お誕生日おめでとう!サイファーはんちょ。クッキー作ったの、食べて食べて!」
「なんだよ、セルフィまで」
「ちゃーんと覚えてたんだよ。えらいでしょ?」
「ああ。…アリガトな」

セルフィはいつも元気でその言葉に少しの嫌味もない。石の家時代からの付き合いがあるからだろうか、少し緩んだこころが気持ちをそう言葉になっていた。

「ちょっとねえ!なんでセルフィには『ありがとう』がすぐ出るの?」
「うるせえな」

リノアに言われてから気付いてハッとした。けれどセルフィに対するそれでスコールが腹を立てることはないだろう。きっとそれは大丈夫…でも、と思って彼を見る。…ほらやっぱり。良かった、彼は今のやり取りに微笑んでいるように見えた。

「ねえ食べてみて?美味しいかな、どうかな?」
「分かったって」

セルフィは自分で包みを開けてそう言う。そして、スコールにも駆け寄ってクッキーを勧める。もうこの部屋に気まずさはなく、なんだかんだ言いつつも…オレはあのまま2人きりじゃなくて良かっただなんてほっとしてしまう。気にしすぎて、考えすぎて、堂々巡りするのはいつもスコールのほうだけど、大事な日だ!なんて思うあまり、ガラにもなく自分がそれに嵌ってしまっていたとは。

「お待たせ。はい、コーヒーどうぞ」
「…スコール。こっち来れば?」
「いや、俺は…」

屈託なくリノアが声を掛け、キスティスもプレゼントに貰った揃いのカップをスコールの元には運ばずソファテーブルに置いたが、彼はまだ少し躊躇いがあるようだった。それも仕方ない、ヒト一倍シャイな彼のことだから。そしてきっと、大真面目にまずは喧嘩の仲直りをだなんて“順番”を気にしているに違いない。

「あれ。みんなの分は?」
「私たち、今からランチに行ってくるから。…ね?みんな」
「え?…今さっき帰ってきたばかり…」

さあて、じゃあどうすればスコールが納得してくれる順番となるか…と考えていたオレに、キスティスが怪しく微笑みかけた。その言葉に『え?』と聞き返したのはスコールだけじゃない。しかしホンの僅かな目配せでそれが通じてしまうのが女子だった。

「私からのプレゼントなんだけど?」

例え強引にオレがランチに誘っていたとしても、ヒトのいる前で謝られたり許したり、甘えたりすることは出来ないことだろう。

「だってよ。受取らせてくれよ…いいだろ?」

もう盗み見る必要はない。オレはスコールをしっかりと見てそう声を掛けた。彼は小さく頷くだけでオレを見ようとはしない。だけど…彼の気持ちは分かる。

「それじゃ、ごゆっくり」

そそくさと席を立ち部屋を出て行くオンナどもには、後でたっぷり礼をしなくちゃならない。ホントに、本当に…アリガトな。そして少し不服そうにしているように見えるスコールだってこのプレゼントを喜んでいるに違いない。
任務に関する書類を手にして彼に声を掛ける。そしてオレはキスティスが向かいに置いたコーヒーカップを自分の隣に引き寄せた。

「コレ…こっちで話そうぜ」
「…分かった」

その時のためにと、理由と座る場所を用意してスコールを納得させた。彼には少し強引なくらいが丁度イイ。オレはそっとスコールの肩に手を回して言った。

「最高の誕生日だ」

シャイで言葉の苦手な彼が考えていたタイミングを潰してしまったのはきっと、オレの溜息に違いない。その気持ちがないワケがないことをオレは良く知っている。だからみんなひっくるめて、自分で言葉にした。

「俺はまだ何もしてないのに」

大事な仲間に貰ったプレゼントや時間。傍にいてくれる大切な恋人。他にナニがいるというのだろう。オレはこの一瞬、堪らないシアワセを感じていた。



fin.





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