貴方を思う、その時に 渡邊 直樹様


 壁に見える、大きな花丸。
 ご丁寧にも採点用の赤ペンで大きく大きく、カレンダーの他の日にまではみ出すぐらい大きな花丸。
 11月が終わり、12月に変えたときにいやでも目に入るこのど派手な飾りは、云うまでもなくこの日が誕生日となる男が点けたモノだ。
 「……はぁ」
 そんなことをしなくたって忘れる筈が無いじゃないかと思う。
 『この日は絶対あけとけよ! でもって、二十一時に駅前で待ち合わせな!』
 ましてやこんな風に一方的に告げられたのでは、流石に少し面白くもない。
 毎年、手帳を買った後一番最初に印を付けるのはその日だって云うのに、そんなに信用がないのかと腹立たしくも思う。
 けれど、その一方で。
 「ネクタイ……は去年だし、その前は英語の辞書だったし……」
 大体、それで相手は喜んでくれるだろうか?
 もっとなにか相手が喜んでくれるものがあるんじゃないだろうか?
 そんな風に悩む自分がいる。その日が近づいてくるにつれ、憂鬱さを感じている自分がいる。
 何を贈ればいいのか、何を贈りたいのか、どうしたらいいのかいまだわからない自分がもどかしく腹立たしく思える。
 よく、自分が貰って嬉しい物を贈ると良いと云う。
 でもそれじゃダメだなことをスコールは知っていた。
 なにせ自分は、誕生日だなんだかんだと云われても欲しいものなど思い当たらない。相手から貰うこと自体心苦しく思えて仕方ない。
 なにせ相手は社会人になったばかりなのだし、付き合い始めた頃など学生だった。
 そして自分は、そのころもいまも変わらずに教師だ。
 生徒から担任だった自分がプレゼントを貰うことも、その枠を離れた時でさえ年下から貰うことには変わりない。
 だから、気が引けていた。
 だから、聞かれても答えられずにいて相手を苛立たせたこともあった。

 イヤ、チガウ、ソウジャナイ。
 
 上手く伝えられたことは数えられるぐらいに少ないけれど、目に見える物など何も要らなかった。
 ただ傍らに在ってくれればそれで良かった。
 弱く成ったのかなと感じながら、それでも相手が傍らにいることが何よりも嬉しい。
 いない時間が寂しく思えて、いない時間の隙間を埋める何かを水槽に泳ぐ金魚に求める程度には。あの日、何かを変えるきっかえになった目の前の金魚たちに答えを求めたくなる程度には以前より寂しがり屋になった自分をスコールは知っている。
 問題はそこなのだ。
 自分は物質的な物などいらない。記念となる品物よりも、ただ一緒に居られればいい。
 けれど相手は、相手にもそれを求めるのはどうだろう?
 相手がそれでいいとは限らない。
 何より、お祭り好きで派手なことが好きで記念日とかそういうのが好きな相手だ。
 バレンタインデーのときもチョコをよこせと五月蠅かった ───── つまりは物質として形のあるものを求めるタイプだということを自分だとて学習している筈だとスコールは思っている。
 そこでまた、思考は振り出しに戻る。戻らざる得なくなる。
 「何を贈れば良いと思う?」
 時を重ねるうちに、すっかり自宅に馴染んでしまった水槽。
 もうあの時に縁日でつった個体が居るのかどうかはわからない。
 あれから幾度か金魚は増えたり(スコールが買って来なくても、つれてくる男がいるせいで)、生き物を飼っている以上必ずくる別れのせいで減ったりもしている。
 個体の一つ一つを見分けられる程には愛情はなく、かといって毎日の世話を面倒に感じるほどでもないこの家の同居人にスコールは語りかける。
 無論、金魚たちが何か応えてくれることはない。
 水槽の中を、時に水草を揺らしながら優雅に泳ぎ続けるだけのことだ。
 それでも聞いてくれるだけで良いのだ。
 本当は相手に聞いてしまえれば早いのだろう。
 素直に聞けたら一番良いに決まっている。
 『誕生日、何が欲しい?』
 けれど、それが聞けるならこんな風に悩みはしない。
 聞けないから、聞きたくないから、聞いてしまうのはなにか悔しいから困ってしまう。
 いつも色々な形で自分を驚かせ(時には困らせてもくれるが)喜ばせてくれる相手に、少しは報いたい。何かしらお礼がしたい。たまには自分が驚かせて、喜ばせてみたい。
 そんな風に思うから、聞いてしまっては台無しになってしまうのだ。
 「うー……本当にどうしよう」
 その日が一ヶ月先にならないかと思う。
 壁にかけたカレンダーには書かなくても、ポケットにいつも忍ばせている手帳には一日が過ぎるごとに×印が記されている。
 その先には、自分で書いた『誕生日』の文字。
 残りの空白はもう少なくて、どんどんと印がそのひに向かって近づいて行っているのはわかっていて。
 けれど、何を贈りたいのか、何を贈ればいいのかわからなくてただただ悪戯に日付だけが過ぎていく。ただただ過ぎる日付に、ため息ばかり増えていく。
 その日が来るのは嬉しい筈なのに、その日は久し振りに会えることが決まっているというのにその日が来るのがイヤで怖い自分が在る。
 会いたいのに。
 会える日を楽しみにまてない現状に理不尽ささえ感じてしまう。
 何を贈ればいいのか、何を贈りたいのか、それが決まってしまえば ───── その日を楽しみに待てるのに。手帳に×印を付けるのが楽しくなる筈なのに。
 スコールは大きくため息をつくと立ち上がりベッドに転がることにした。
 いくら考えても決められないなら悩んでいても仕方がない、今日決められないなら明日決めればいいと問題を先送りにすることにした。
 明日には決められたら良いと、決めたいと思いながら部屋の灯りを消すと瞳を閉ざした。
 コポコポと水槽から聞こえる、酸素を送り出す音を聞きながら眠りにつくために。
 この一週間同じことを繰り返していることに、スコールは気付いていなかった。


fin.





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