オジサンフタリ 在人様


「……したらよ、そのガキ俺のことオジサンって呼びやがった!」
 自宅のテーブルに突っ伏して愚痴をこぼすは金髪の男。ネチネチとしつこく話を続けるところを見ると、相当堪えたらしい。これではもはやこぼすのではなく、垂らすと表現したほうが正しいかもしれない。年甲斐もなくわんわん泣き喚く男の前髪を撫で、彼は優しく言葉を返してやる。
「オッサンよりはマシじゃないか?」
「ズゴールのあぼぉぉぉぉぉぉおおぉ!!」
 Rボタンを押さなくてもクリティカルは出るらしい。





 宅飲みを始めてから3時間は経っていた。大量の酒で酔いが回りきった男は、使い果たした元気の端くれで彼の腕を掴む。ちらりと見えた瞳の奥に何かが走る。行くなとでも言いたいのだろうか、風呂洗ってくると席を立つ彼の左手は拘束されたままだ。それは振り払おうと強く引っ張られてもびくともせず、そうしている内に口元に笑みが浮かぶ。グリーンアイズが挑戦的に光った。
「何笑ってるんだ、サイファー」
「お前は俺のことオジサンだと思うか?」
 ため息の後で沈黙。男のしつこさは今に始まったことではないが、ここまでくると彼もさすがに辟易しそうだ。しかし、適当な返答では先程のようにアホ呼ばわりされてしまう。それにそろそろ男が憐れだ。30歳にもなってそんなちっぽけなことと思うが、高すぎるプライド脳の中では死活問題にも等しい。
「まぁ、オジサンだろうな」
 だからと言って優しい答えを用意するとは限らないが。
「ズゴールのあぼぉ! おぢぃ!」
「(おぢぃ? 老人か……それとも鬼か)」
「……ばかやろー!」
「どうして非難されなきゃいけない」
 絡みの激しい酔っぱらいの頭をポンポンと叩くと、ごろにゃあと猫のような声が返ってくる。酒が入るとこの男は極度の構ってちゃんになるのだ。本当に変わらない。彼は幼さの残る若いオジサンの頬を思い切りつねってやった。
「おあっ!?」
 とんでもない痛みで飛び起きるのは当然。男は頬に手を当て、何すんだよと抗議の声を上げる。うらめしそうに彼を見つめ、睨むようにしていると互いに笑みが零れた。
「サイファー」
「お、おう」
「お前はオジサンだよ」
 痛む男の頬に槍の如く言葉が刺さる。彼の言葉はいつだって男に響くのだ。勘弁してくれと話を逸らそうとするもノーダメージ。先程からいいようにされっぱなしである。
「何度も言うなって!」
「俺もオジサンだ」
「……若い時から老け顔だしな」
 仕返しのつもりで返した言葉は逆効果で、彼の優しい微笑みを誘う。どきりとして瞳が重なり合えば、学生の頃の甘酸っぱさが蘇る。男は自然と彼の細い指に己のそれを重ね、彼もまた当然のように握り返した。歳を重ねても初心なものは初心なのか、二人とも視線を床に注いだままだった。
「二人でお兄さんになって、二人でオジサンになった」
「スコール」
「……なぁサイファー」
「次は二人でジジィになるか?」
 ぐいと彼の身体を引き寄せた男は、ゆっくりとその背中に力を込める。まるでプロポーズみたいだなと囁き、ロ〜〜〜マンティックだろ? なんてふざけてみれば口づけを食らった。酒とつまみのにおいでちっともムードなんてない。けれど
「サイファー、ヒトの台詞奪って格好つけるな」
「こんなオジサンは嫌いか?」
「……悪くない」
 この男をこんなにも胸を熱くさせる相手は、彼以外あり得ない。


fin.





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