あいもかわらず 麻木 りょう様


 とある秋晴れの日。空は青く澄み、優しい風が吹いていた。スコールは今しがたバラム駅に着いたというサイファーからの電話でランチに誘われ、自宅を出た。どれだけヒトの多い場所にいてもサイファーが目立つのは昔から変わらない。立ち止まり見つめていると、ふと視線が自分を認め、彼は瞬く間に駆け寄ってきた。
サイファーが指差し、2人は歩き出す。伸びたスコールの後ろ髪が風に揺れる様を見て、彼は自分がずいぶん長い間留守にしていたことを思い知らされた。向かった店で通されたのはテラス席で、彼らは秋の気持ち良さの中にいた。

「舞茸とシラスのペペロンチーノです。お待たせしました!…と、どちらに置きましょうか…」
「ああ、こっちにもらおうか」

 行きつけのイタリア料理屋の女性店員は美味しそうに湯気を立てている料理を手にテーブルにやってきたが、既にそこは別の皿でいっぱいだった。が、彼女はいつものこと、とばかりにサイファーににこやかに問いかける。彼もまた、慣れた手付きで皿を寄せそのスペースを作ってやった。

「ありがとうございます」
「………」

 いくら男2人といえども、テーブルの上に並んだ料理の数は多すぎる。既に手をつけているサラダに始まり魚の前菜にフルサイズのピザが2枚、メインの肉料理が一皿にこのパスタだ。ランチで込み合う時間でもあり、小さな2人掛けのテーブルに通されたのだから、こちらもそれを踏まえて注文するべきだとスコールは思うのだ。次々と運ばれてくる料理を見て、隣のテーブルの女性客が顔を寄せ合い何かひそひそと話しこちらの様子を窺っている。恥ずかしさに、むっとした表情で彼はサイファーを睨んだ。

「だから言っただろう、注文し過ぎだって」
「いいじゃねえか。おまえコレ、食いたいって言ってただろ?」
「それは…この前来た時の話」

 記憶力だけは大したものだと思う。けれど、我慢ならないことのほうが多いと思いながらスコールはサイファーを見る。今は共同で仕事をしているだけに、こうした感覚の不一致は大きな問題だ。おかげで相変わらず2人は喧嘩が絶えない。

「そ。でも、あん時もこの調子で頼みそこなったからさ。おまえが多すぎるって言って」
「あたりまえだろ、思いつくままに注文するんだから…まったく。いくつになってもあんたには計画性というものがない。大体…今日だってそうだ、予定通りなら帰着は夜のはずだろう?時間が変わるなら、分かった時点で連絡くらい…」

 まずひとつ上げるならコレだとスコールは捲くし立てる。サイファーと過ごす時間が長くなって、彼はずいぶんと変わった。少し前までは、思っていても溜息を吐くばかりで中々言葉に出来ず、それをサイファーに向けるのはキスティスの役目だった。だがそれも今はない、2人がガーデンを出てからもう10年も経つのだから。
 几帳面で真面目な性格のスコールは予定通りに仕事をこなす。しかし思いのままに動くことが多いサイファーは、受けた仕事の順番に関わらず興味の向いたものへと走り出してしまう。日頃のそうした不満を、久しぶりに顔を合わせた相手にぶつけていたスコールは、ふとサイファーが自分を見てニヤニヤとした笑みを浮かべていることに気付いた。

「…なんだよ。気持ち悪い」
「いや。少し前なら…そういうの、心の声だったよなって」

 次に上げるなら、この性格だとスコールは思う。小言をそれと思わず、不満をぶつけてもすぐにすり返られてしまう。暖簾に腕押し、糠に釘…キスティスの嘆きや苦労を今になってスコールは実感していた。

「言いたいコトがあるなら言えって言うからそうすれば、コレだ。一体俺はどうすれば…」
「それでイイんだって。だから、嬉しくって笑ったんだ」

 しかも彼の言葉はスコールの心の微妙なポイントを突いてくるのだ。『嬉しくて』と言って笑うサイファーは本当に言葉そのものに見えて、敢えて硬くしている自分の心が緩みそうになる。しかしハッと気付いたスコールは相手のペースに乗せられてはいけないと、心を正し隙間なく料理の並ぶテーブルを叩く。

「話の腰を折るな!」
「じゃあ、続きは?」
「……あんたの、…計画性のなさについて」
「ほう。聞こうじゃねえか」

 その気があるのかないのか、サイファーは生ハムの乗ったピザに手を伸ばしながらそう言う。多少声を荒げても、それは隣のテーブルの女性客の声よりはるかに低く目立つものではない。昔のように拗ねて口を閉ざしても仕方ないと、スコールは少しの間を置いて、気持ちを整理してから話を始めた。

「あんたはいつも計画もなしに長期任務の仕事を受けてしまう。その間の依頼はどう処理するつもりなんだ?だから俺はいつもバラムを離れられない。効率の悪い仕事をこなさなきゃならない。いつまでたっても事務所が儲からないのはあんたのせいだ。だいたい…」

 フリーで仕事をする以上、稼ぎは必要だ。サイファーもスコールもSeeD時代に築いた実績から引く手数多だが、人付き合いは互いに苦手で、構えた事務所にも他人を置こうとしない。だから事務も実務も全て自分たちでやらなければいけない…これは実に面倒だ。

「…ガーデンに籍を残しておけばいいのに、独立なんかするし…」
「じゃあ、ついて来なきゃ良かっただろ」

 そういう事を面倒に思っていたからこそ、ガーデンに籍を置き続け仕事を貰っていたのにとスコールはこぼす。けれどサイファーは彼の愚痴に笑いながらそう答えた。規則違反だだ契約だと注文を付けられるのがイヤになってガーデンとの契約を解除した。しばらくの間、仕事もせずにいたのだが、気付けば自分と同じようにガーデンと契約を切ったスコールが共同名義で事務所を立ち上げていたのだ。

「二十歳になったからって、いきなりガーデンを出たりするし。ガーデンから仕事を貰うなら、ガーデンにいれば楽なのに…」
「そんときも、ついて来たよな?おまえ」

 ハタチになれば外で堂々と酒も飲めるようになる。任務明けの夜くらい遊び倒したいものだが、寮暮らしとなればそうもいかない。次第に煩わしさを覚え、自然とそう考え決断したと話をした数日後、気付けばスコールが不動産屋に出向き、日当たりの良い快適な部屋を契約していた。

「ガンブレードの使い手が少なくて重宝されるからって、それだけで全てが上手くワケがないんだ!だから…!!」

 船頭よろしく舵を切ったのは自分かも知れないが、実務を取り仕切っているのはいつもスコールだとサイファーは笑った。道はたくさんあったはずなのに、いつも彼は傍にいた。それは彼が選んだものなのか、彼に選ばせたものなのか…。駅前で落ち合った今日、入ったこの店でメニューの上を動くスコールの視線から、食べたいものがいくつもあることを悟ったサイファーは、彼が決めたと言う前に店員を呼び、あれもコレもと注文をした。スコールは思いのままに、たくさんのモノへと手を伸ばすことはない。昔から、そういうところは変わらない。いつから彼がそうなったのか、いつから自分がそれを許すようになったのか。

「あの…」

 喧嘩に発展しそうな雰囲気を感じたからか、それとも彼らが隣に座った時点からの思惑だったのか…あとはデザートを待つだけといった隣のテーブルの女性客2人が彼らに声を掛けてきた。

「あの…良かったら、テーブルをくっつけませんか?そちら、お料理たくさんで大変そうだし…」
「………」

 思わずきつい視線を向けてしまったのはスコールだ。しかしサイファーは話し掛けてきた女性ににこやかに笑いかける。それを見たスコールがさらに機嫌を悪くするかと思えばそうでもない。彼にはサイファーの笑みの裏側が見えるからだった。

「オレはイイけど…」
「わあ、良かった!」

 手を叩く勢いで喜んだのも束の間、女性たちは続くサイファーの言葉に驚かされる。

「けど、生憎…恋人のほうがそういう気分じゃないみたいだから、悪いな」
「あ、…恋人、なんですか」
「そう」

 彼女たちはちらりとむっとした表情のスコールを見て、納得しきれないといった表情を浮かべる。しかし即座に無駄だと判断したのだろう、『すみません』とサイファーに軽く頭を下げたのだった。



「…冗談が過ぎる!こんな場所で!!」
「ホントのコトだろ?イイじゃねえか、別に」
「本気にしたらどうするんだ」
「それで結構。そうじゃなかったら、分かるまで話してやる」
「………」

 少し間を置いて、スコールはひそひそ声でサイファーに怒りをぶつけた。既に次の話題に移ったのか…前と少しも変わらず喋り続ける隣の女性客たちとは対照的だ。

「そういうトコは変わらねえのな。面白い」
「…別に」

 今更隠そうとも思わないし、どう思われも構わない。いい年をした男が2人、仕事も寝食も共にしているだなんていえば、誰だってそう思うことだろうとサイファーは考えているが、スコールは違う。またニヤニヤと笑うサイファーに、スコールは素っ気なく答えた。彼の言葉など無視して食事に専念出来ればいいのだが、いつも反応せずにはいられない自分をスコールは呪う。

「可愛い」
「馬鹿か!あんたは」
「怖ぇえ」
「うるさい!!」

 無視すればいいのに…どうしてかサイファーの言葉を、存在をそう出来ず額に対の傷を作った。無視したほうが楽なのに、危ない橋を渡ろうとする相手を放っておけず、とうとうここまで来てしまったのだとスコールは過去を振り返る。何をしでかしても憎めないのが彼のズルイところだとスコールは思う。けれどもう、彼だってオトナなのだから自分の尻拭いを期待しないで欲しいとも思っているのだ。

「やっぱ可愛いわ、おまえ。さっきガンブレードのハナシが出たけどそれだって、オレが先に年少クラスから上がる時に選んだ武器だ。…おまえさ、振り返ってみりゃ、いつだってオレの後ろをくっついて来てる」
「…だったら、なんだ」

 今まさにそれを考えていたところだっただけに、スコールは驚きと『分かっているなら』という少しの腹立たしさを交えてサイファーを見た。

「オレに足りないモノがあるとかないとか、いつまで経ってもとか、そういうハナシじゃねえだろ?」
「は?」

 だが、考えの先にあるものは互いに別だったようだ。サイファーにはやはり反省という心の持ち合わせがなく、いつものように何かにすり替えようとしているのかとスコールが溜息混じりにパスタを見たときだった。

「オレはおまえが居りゃ、それでイイ。だからオレたち上手くいってんだろ?…じゃあ、それでイイじゃねえか」
「………」

 手にしたフォークを思わず落としそうになったのは、お喋りに夢中と思わせながらも聞き耳を立てていた隣のテーブルの女性たちだ。

「このテーブルだってそうだ。おまえは食いたいものを、食いたいだけ食えばイイ。後はオレが食うから。そういうコトだろ?」

 たったひと言で形勢は逆転した。パスタの皿に伸ばした手を止め、スコールは溜息を吐く。そして互いに頭を下げあう隣の女性たちの言う『ごちそうさま』が何を意味するのかを深読みした彼は、サイファーに新たな怒りをぶつけずにはいられなかった。

「………じゃない!」
「なんだよ。納得したかと思ったのに」

 納得はしていないが、その気持ちを受取らずにはいられない。馬鹿げていると思う過去をどれだけ遡ってみても、自分が取った行動の理由は彼と同じなのだから。

「もうイイ!大人しく食え。でも、腹いっぱいにするなよ…帰ったら、…なんでもない!!」
「分かってるって。その分は空けておくから」

 サイファーの今夜の帰着予定に合わせ、共に暮らす部屋にはスコールが用意していたものがある。いつもの行動などすっかり読まれているのだろうが、こんな気持ちの良い秋晴れの日に鬱々と仕事をしていた自分を連れ出してくれたことに感謝の気持ちもあった。サイファーを今以上に喜ばせる技をスコールは知っている。長い時間、共に過ごす間に覚えたことだが…彼以外のヒトに聞かせようとは思わない。

「…何が、分かってるだ。…まったく!」

 相変わらずのスコールの憎まれ口に、サイファーは幸せそうに笑うのだった。


fin.





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