hopeful pains シオン様


音を立ててグラスを置いて、サイファーは不満があることをアピールした。
エスタにあるいつもののバーで、同じカウンタの席に座って、スコールを真ん中にした並びも同じ。
それには特に不満がある訳ではない。
三人が同じタイミングでエスタに居ることがすでに珍しいことで、せっかくなら、とそれぞれの予定を調整することも構わない。
最近はめっきりエスタから離れていたアーヴァインがエスタに来るのは数年ぶりで、それならば、と食事を一緒にするのは自然な流れだろう。
多忙なスコールの日程に合わせることも、まぁ譲った結果だ。
「そうだ、ラグナさんの再選にも乾杯しないとね」
「それはもういいだろ」
嬉しそうにアーヴァインが言うのに、スコールは面倒そうに言いながら、でも目の前のワイングラスをアーヴァインのワイングラスと合わせた。
飲み干したグラスはすかさずアーヴァインが満たす。
スコールが気に入って飲んでいる白ワインはすでに三本目で、少しはサイファーも付き合ったが、ほとんどをアーヴァインとスコールの二人で飲んでいる。
明らかにいつもよりペースが早い。
「おい、」
「分かってるよ、もう少ししたら帰るって、邪魔しようなんて思ってない。思ったことないし、ほら、僕が居て助かったことすらあれ、邪魔なんてしたことない」
「何度言わせる、酔っぱらい」
「早く帰れ、と言われたのはさっきのレストランで二度、ここで三度目」
サイファーが言うのに、アーヴァインは片手を広げてわざとらしく回数を示して、もう片方の手でグラスを傾けた。
「サイファー」
たしなめるようにスコールに名前を呼ばれて、サイファーは舌打ちしてグラスのウイスキィを飲み干した。
スコールはちらりとサイファーを見て、小さく息を吐き出した。
「だいたい、誕生日にこだわる歳でもないだろ」
「それに関して議論する気はねぇ」
「明日も午前中はオフだって言ったろ」
「お前の“午前中”は標準時間から大幅にズレがある」
「アンタの相手をする時間は残しとくから安心しろ」
すかさず口笛を吹いたアーヴァインを睨みつけて、サイファーは溜息をついた。
表情には出てないが、スコールが相当酔っていることは飲んだ量でも明らかで。
いつだって主導権はスコールにあって、酔った時にはさらにその傾向が強くなる。
サイファーはもう一度溜息をついてから腕時計を見た。
深夜と呼ばれる時間ではないが、あと十五分で日付が変わってしまう。
つまり、スコールの誕生日が終わってしまうということで。
スコールは親指で指輪をいじりながらアーヴァインの方を向いて、先ほどから続いているトラビアにある動物園の話を興味深そうに聞いている。
サイファーにはまったくと言っていいほど興味のない話題がさらに神経に障る。
朝からは外せない会議があり、スコールと会えたのは待ち合わせをしていた先程のレストランで、それもアーヴァインが先に居たこともあり、スコールと二人で話をしていない。
大人の余裕でこれくらいのことと笑顔で乗り切ればいいのだろうが、ことスコールに関することはまだまだ大人に成りきれていない。
それをサイファー自身も自覚しているから、なおさらイライラが募る。
それを分かった上で逆撫でするような行動をとるアーヴァインにも殺意が芽生えようものだ。
サイファーは、チ、と舌打ちをしてバーテンダにグラスを満たしてもらうために、グラスの淵を指先で軽く叩いた。
それを待っていたかのように、突然、スコールの左手が太腿にのせられた。
「・・・・、」
何か前置きがある訳でもなく、隣の会話が途切れた訳ではない。
自然な動作でそこにあるぬくもりに、サイファーは唇を噛んだ。
スコール自身の上半身に隠すようにして伸ばされた左腕の着地点を、きっとアーヴァインは気づいていない。
猛獣使いの的確な行動に、サイファーは思いの外、頭が冷えていくのを感じた。
少しくらい譲ってやってもいいか、と寛大な気持ちになれるのは“大人になれた”からなのか。
それとも。
サイファーはウイスキィで舌を湿らせた。
こんなことで大人しくなるとスコールが思っているなら、それはそれで何だか癪に触る。
猛獣は従えないからこそ猛獣で。
「スコール」
太腿に置かれたスコールの左腕を肘のところでとって、軽い力で引き寄せた。
スツールの回転に合わせて上半身がこちらに傾いだのを狙って唇を合わせてみると、スコールの目が驚きというよりも違う色で細められた。
と同時に、軽い電子音が二度鳴った。
「あぁ、時間だ。アーヴィン」
スコールは何事もなかったように、腕時計を触って音の正体のアラームを止める。
「はいはい、退散しますよ。じゃあね、スコール、よい誕生日を」
挨拶のハグを交わしてアーヴァインはあっさりと席を立った。
一度も振り返らず店を出ていくアーヴァインの後ろ姿を、たっぷりと見送る間にサイファーは頭を働かせる。
つまり、
「お前、わざと」
「なんだ、気づいてなかったのか」
スコールは首を傾げて、カウンタに肘をついて顎を支えるようにした。
サイファーは一枚上手の猛獣使いの顔を睨みつけて、ウイスキィグラスを手にとった。
まったくもって敵わない。
「祝ってくれるんだろ?」
首を傾げるスコールは上機嫌に口角を上げた。
「あぁ、もちろん」
形の違うお互いのグラスを合わせて、サイファーはスコールの肩を引き寄せた。


fin.





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