Synchronicity | 麻木 りょう様 | |
誰にも先を越されたくないコトがあるとき、同じ部屋で暮らしていることはナニよりも幸せだと思う。とはいえ、サイファーはひと月前、“誰から”もチョコレート受取っていないのだから、その心配はないのだけれど。 …あ、ひとつだけもらったんだったよな。でも… 彼はずっと、左手に乗せた包みを見つめたままだ。『受取る意味が分からない、何だこれは?』とでも言いたいのだろうか…。心に不安が生まれて、俺は自分を守るために棘のある言葉を彼に向けてしまう。 「要らないなら捨てればいい。お礼じゃなきゃ、意味がないとでも言うのか?」 「いや、そうじゃねえ」 その翌日には、彼女に断りに行っていたくらいだし…元々、彼は“他の”誰からももらうつもりがなかったというのだから、それはなかったことにしておこう。そんなイベントからひと月が経ち、今日はそのお返しを渡す日だ。そのくらい、俺だって知っている。だけど、ひと月前のそれが勝手に気持ちを伝えるのがOKな日だとしたら、今日だってそれでいいじゃないかと俺は思う。 「確かに、俺はあんたからチョコをもらってはいないけど」 ひと月前は女子だけのイベントだと思ってた。でも今日は俺だって。…そう考えて、悪いかよ。 「だから、その…」 「なんだよ、…らしくない。はっきり言えよ」 面食らった様子のサイファーを楽しむ余裕なんてない。チョコレートを渡したほうが良かったのだと分かった時にはもう、その日を過ぎてしまっていたからどんなに強請られても応えようとは思わなかった。だからこの日を選んで、プレゼントの菓子を用意していたというのに。 「おまえがコレ、買いに行ったのかよ」 「…悪いか」 笑いたいなら笑え。バラム駅前の菓子店はどこもチョコレートのお返しを買い求める客でいっぱいだった。そいつらと戦いながら俺はあんたに一番喜んでもらえそうな…いや、違う。これは俺が“勝手に”したことだ。チョコレートをもらってもいないのに…イベントの趣旨を無視し、捻じ曲げた馬鹿だと笑えばいい。 …でも。俺は、ただ。 「悪くねえ!…つうか、その…」 「だからなんだよ!要らないなら捨てろって…!!」 手渡した包みを取り戻そうとして伸ばした手をサイファーの右手に掴まれた。 「捨てるかバカ。違うって言ってんだろ、聞けよ!!」 そして彼はその包みを白いコートのポケットに大事そうに仕舞う。それから俺の手を掴んでいる手を左手に変えた。そんなコトしなくても別に、逃げるつもりはないし、ポケットにまで手を伸ばそうとは思わないというのに。 「…え?」 しかし、彼が手を右のポケットに入れて取り出したそれは…確かに今、左にポケットに仕舞ったのと同じ包みだったのだ。 「…だろ?」 「これは、俺の…」 どんな仕掛けのマジックだと聞いてやったら喜ぶのだろうか。いや…そうじゃない。答え合わせをするべきは、それじゃない。 「じゃなくて。オレもおんなじの選んでたから」 「まさか」 「って、思うだろ?」 「………」 そんな偶然、あるのだろうか。バラム駅前にはたくさんの菓子店があるし、例え同じ店に興味を持ったとしても、全く同じモノを選ぶだなんて、そんな偶然が…。 いやこれは、偶然などではなくて。 「なんだよ」 「後を付けていたのか?それとも、どこかで知って俺の真似をした…」 「…だなんて、オレがやると思うか?」 偶然でなければ奇跡だ。いや、もう疑う余地なんてない。ニヤリと笑う彼はもうそれを認めているのだろう…同じ思いで相手のことを考えた結果がコレなのだ、と。しかし俺はどうしても素直に心を表すことが出来ない。嬉しくて照れていることなんかもうすっかり目の前の相手にバレているというのに、うつむいてそれを隠そうとしてしまう。 けれど、手をぐっと引かれた俺は、覚悟を決めてサイファーを見た。 「分かった。…ありがとう、サイファー」 「どういしたしましてって言うか、オレも!アリガトな!!」 過ぎるほどに好戦的で、粗野で横暴ないつもの姿にすっかり隠れてしまっている、想像よりもずっと真面目で律儀な一面のあるこの男と、俺は特別な関係にある。俺はこの朝…それが酷く誇らして嬉しくて、とても幸せなことなのだと改めて知ったのだった。 fin. |