とある朝 | 渡邊 直樹様 | |
指揮官室の扉を開いた途端、煙たかった。 あんた、一体何時から此処にいたんだ? そうつっこみを入れる前に俺がしたことと云えば、空気清浄機にスイッチを入れて窓を開けることだった。 「ソレって意味なくねぇ?」 つまらなそうに肘をつきながら煙草をすう彼奴がこちらに視線を向けずに云う。 「煙草を吸うときはスイッチを入れておけと何度いったら解るんだ、アンタ」 「わりい、つい夢中になっちまってな」 そういいながら煙草を消し、また新しいやつに火をつける。 傍らの灰皿はもう溢れそうになっていた。 しばし考えた後 ───── 本当は考える必要など無いのだが ───── 代わりの灰皿を置いて山となった吸い殻をゴミ箱に放り込む。 途端にまた広がる、彼奴と同じ匂い。 絶対、洋服だけじゃなく身体に染みこんでるよな、あんたの場合。 そんなことを思う。 「で、アンタをそれほど夢中にさせてるのは何なんだ?」 覗きこんだ手元には、先日行われたseed候補生たちのデータ一覧。 色々なものが書き込まれた、一応は極秘扱いになる筈の資料。 「珍しいな、アンタがこんなものに興味を持つなんて」 「次の実地訓練、俺が引率らしいぜ」 あぁ、なるほどと思う。 不真面目で、行き当たりばったりで、無茶ばかりすると思われがちなこの男の、意外な一面。本当は誰れよりも戦闘に関してはまじめな顔を知る者は少ない。 「で、めぼしい奴はいたか?」 「ん……どいつもこいつも紙の上では優秀すぎるぐらいだな」 二分の一ほどになった煙草をねじり消す。 そして煙草の箱に手を伸ばし、器用に一本だけくわえる。 「相変わらずな物言いだな」 「用意されたモンスター、安全マージンのある造られた戦場じゃ本当の力はわからねぇからな」 云いながら、ライターに手を伸ばす。 これ以上この部屋を煙たくされるのはそろそろ勘弁して欲しい俺は火をつける前に煙草を奪い取る。 「あ? お前も吸うか?」 「そうじゃなくて、アンタ、煙突にでもなるつもりか。少しは自重しろ」 空気清浄機のランプは、空気が酷く汚れていることを示す赤のまま。 窓をあけてからしばらく経つというのに、こうも吸われたのでは部屋が寒くなるだけで本来の目的は果たせそうにない。 「口が寂しいならコレでも嘗めてろ」 ポケットに忍ばせておいたキャンディを ───── 一応は今日の為に購買で買っておいた ───── 袋ごと彼奴に放り投げる。 「なんでお前こんなものもってんだよ、甘いもの好きじゃないだろう」 「今日は三月十四日だからな」 そう俺が云ったときの彼奴の顔。 それが見られたので満足としよう。 驚きと、落胆と、そして少しにやついた百面相のようにくるくる変わる顔なんてあまり見られないからな。 指揮官室が本当は禁煙だということは今は云わないでおいてやる。 - ende --- |