Sweet Cigarette | 彦坂様 | |
(※サイ→スコリノになってしまいました…誠に申し訳ありません! 苦手な方は避けてくださいませm(_ _)m ) その午後、こじれにこじれたミッションがようやく決着した。 何とか目的は達成したが、主にガルバディアガーデンとの間で、様々な問題が明るみに出て、指揮官のスコールは休む間もなく事後処理についての会議に入った。 「…今日の午後には終わるって聞いてたのに」 空席だらけの執務室で、騎士を訪ねて来た魔女がため息をついた。 会議が始まってから、ゆうに四時間は経っている。 「余裕で終わるはずだったんだがな。わざとひっかき回してるヤツが居るんだろ」 スコールは俺を会議のメンバーから外しやがった。 しかしまあ、妥当な判断だ。 ただでさえ荒れる流れだってのに、嫌われ者の俺が相手を挑発でもすりゃ、まとまるモンもまとまらねえ。 リノアは指揮官の椅子を無断で占拠し、机に頬杖をついた。 「…せっかくのバレンタインデーなのに。…スコールかわいそう」 「まーな。シドの親父が留守で、事務方の仕事まで一緒くたに回ってきちまってるしな」 次々とモニタに上がってくる報告を読み飛ばしながら頷くと、リノアは「せめて顔だけでも見たかったな」と呟いた。 「最近のスコール、すごく疲れてるよね…煙草の回数も増えた気するし」 そう言って、指揮官のデスクの上にあったボックスを手に取り、側面の表示に目をすがめる。 「…ねえ、これって強いの? 弱いの?」 リノアの指先が紙箱の蓋を開け、中の一本を摘み上げる。 「普通だな。おい、お前は吸うなよ」 フィルタの匂いを嗅ぐ仕草を見せるので牽制すると、リノアは唇を尖らせた。 「吸わないよぉ、煙たいもん。…スコールも、わたしの前じゃ吸わないよ」 「…へえ」 あいつ、いちいち席外して吸ってんのか。律儀なこった。 「煙草なんか、やめればいいのに。…近くに悪いお手本が居るからなぁ」 リノアは言いながら、意味ありげに俺を睨んでくる。 「あいつは『お手本』だとは思ってねえだろうがな」 「でも、始めたのはサイファーが先でしょお?」 さあ、どうだったかな、と俺は忘れたフリをしてキイボードを叩き、継続中の任務のうち、俺の裁量で判断出来る案件に指示を出す。 リノアはしばらく足をぶらぶらさせていたが、やがて壁の時計を見て立ち上がった。 「…わたし帰るね。ゲート締まっちゃう」 「お前、スコールにチョコ持って来たんじゃねーの?」 立ち去ろうとするデスクには、さっきまで魔女がいじくっていた煙草の箱だけが元通りに置かれている。 「うん。でも、いいや。…ちゃんとしたのは、今度、顔見て渡す。またね、サイファー」 リノアは仕方なさそうに笑って、手を振って出て行った。 * * * * * 「ふあーっ、つっかれたぜ〜」 チキン野郎が盛大に愚痴りながら、執務室のドアを開けた。 その後ろから、キスティスとスコールが入って来る。…どの顔も疲労感に満ちている。 「リノア、さっきまでお前のこと待ってたぜ?」 「ああ…」 スコールは俺の言葉に、深々と落胆のため息をついた…こりゃ、魔女より重症だ。 「揉めたのか?」 「ガルバディアガーデン側が、土壇場になってやっぱり条件を見直すべきだとか言い始めて」 両ガーデンは今でも「協力関係」にあるとされているが、実際のところ、そんな和やかな表現はまったく相応しくねえ。 「ちっ、なめられたもんだな」 俺が舌打ちすると、スコールは冴えない表情で続けた。 「こっちも強硬に出るしかなくて。…あれは会議って言うより、もう脅し合いだな」 「他の作戦に影響がでるかもしれないわね」 同席していたキスティスは肩をすくめてから、上司の顔色を見かねて「スコール、ちょっと休憩して来たら?」と声を掛けた。 * * * * * 重い鉄扉を押し開けてデッキに出ると、屋外はとっぷり日が暮れている。 吐く息が白い。冬の外気が吹きつけて、たちまち体温を奪っていく。 冷えた手すりにスコールと並んでもたれ、俺はポケットの中でライターを探り当てる。 「…リノア、怒ってたか?」 無意識なのだろうが、スコールは魔女の名前をひどく大切そうに発音する。 「たぶん怒っちゃねえけど、がっかりはしてたな」 「そうか…」 暗く沈んだ声に、俺はわざとからかうような調子で付け足してやる。 「あいつ、『チョコは顔見て渡したい』、なーんて言ってたぜ?」 効果あって、スコールは顔を上げ、嫌そうに俺を睨んでくる。 「…なんであんたがニヤニヤするんだ」 「いや、昔はおねえちゃんおねえちゃんばっかり言ってたのに、お前も大人になったんだなぁと思ってよ」 「俺はあんたにも大人になってもらいたいんだが…」 スコールはしかめ面で減らず口を叩き返し、箱から抜き出した煙草をくわえ…ふいに怪訝そうな顔つきになり、動きを止めた。 その様子に、俺もライターの着火装置に掛けた指を止め、煙草をいったん口から外して尋ねた。 「…どうした?」 スコールは無言のまま、自分の指に挟んだ煙草の匂いを嗅いだ。 それからボックスの中を覗き込んで、再びため息をつく。 「やられた。…あんた、見てたんだろ?」 「何をだ?」 「チョコレートに変わってる。全部」 …魔女の仕業か、と俺もすぐに察しがついた。 「魔法か?」 スコールは問題の品に外部照明を当てて検分し、首を振った。 「いや、すり替えたんだろ。…商品のロゴがある」 「…気づかなかったな。『ちゃんとしたのは』また今度って言ってた、そういや」 おそらく、リノアは俺がモニタを見ている間に、手際良くこの手品を済ませんだろう。 「もう、購買も閉まってるな…」 どうやらストックも無いらしい。スコールは気の抜けた声で呟き、ぐったりと手すりにもたれ掛った。 「…お前を心配してんだろ」 最後に見せたリノアらしくねえ笑顔を思い出し、一応フォローしてやる。 「…そうなんだろうな。…分かってる」 神妙な表情で小さく頷いたスコールが、「あんたの、一本くれないか」と訊いてきて、突然ひとつの考えが閃いた。 「それと交換ならいいぜ」 俺の提案にスコールは瞬きし、手にした「それ」に視線を落としてから、俺を非難の目つきで見た。 「…リノアのチョコだぞ」 「もうお前のだろ?」 スコールは一理あると思ったのか、考え込む素振りを見せた。 「そうだけど…」 胸糞悪い会議の後だ、一刻も早く吸いたいに決まってる。 「一本ぐらいなら、リノアも大目に見てくれるだろ」 自分でも信じちゃいねえ台詞を吐きながら、その手から素早くチョコを取り上げ、俺の手にあったものとすり替える。 「……そうか?」 スコールはやや納得いかない顔で、手の中に現れた怪しげな煙草を眺める。 「じゃ、やめとくか?」 「……」 俺の言葉に背中を押され、スコールは俺が一度口を付けたフィルタを、唇に挟んだ。 ライターの蓋を開け、親指でホイールを回す。現れた炎を片手でかばいながら、煙草に火をともす。 「やめたほうがいいんだよな…」 言いながら、スコールは目を伏せて一口目を吸い込む。 その煙草の先端が夜の中で、赤く鮮やかに光る。 無防備な横顔で煙を吐く、この瞬間のスコールは俺のものだ、と不遜な考えが脳裏をかすめる。 魔女の推察は正しい。 スコールにこの悪習を覚えさせたのは他でもねえ、昔の俺だ。 放心して煙を味わっていたスコールが、ふと俺の視線に気づき、(食べないのか?)という目を向けてくる。 俺は半ば盗み取ったシガレットチョコの薄い巻き紙を剥いて、口に放り込んだ。 細いチョコレートを噛み砕くと、安っぽい甘みが口の中に広がる。 「すんげー甘い。バレンタインにチョコって不思議だよな。なんでもっと男が好きそうなモンにしねえんだろ」 「欲しいって言っといて、文句言うな」 俺の感想に、スコールは眉をしかめる。 「お前のチョコだと思うと、余計に甘いな」 俺はぐっと顔を近づけ、わざとらしく目を細めて言ってやった。 「な…」 スコールは虚を突かれた表情で絶句して…すぐに顔を背け、ばかばかしい、と吐き捨てた。 「あんたが勝手に取り上げたんだろっ」 「『勝手に』は無えだろ。お前だって、俺のやった煙草吸ってるじゃねーか」 スコールは言葉に詰まり、しばらく俺を睨んでいたが、反論はあきらめて釘を刺してきた。 「…あんた、リノアに変なこと言うなよ!」 「へいへい」 真顔で口止めしてくるのがおかしくて吹き出すと、スコールはますます不機嫌になって煙草を消し、「先に戻る」と俺に背を向けた。 「おい、待てよ」 後ろから追いかけて階段を下りる、その見下ろす首がいつもより赤い。 どうやら鈍いスコールも、この関係が普通じゃねえと、うすうす気づいてはいるらしい。 あまりにも付き合いが長すぎて、いったいいつ惚れたのかなんてとっくに忘れちまった。 (一本ぐらい良いだろ、リノア) どうせ遠からず、スコールは魔女のために煙草をやめるだろう。 玩具のようなチョコレートは実際言うほど甘くはなく、記憶よりもはかない味がした。 END |