奥の手 麻木 りょう様


 その準備はひと月ほど前から本格化した。

「派遣SeeDリスト、ちょっと見せてくれないか」
「あら。私の仕事に注文をつけるの?」

 SeeD派遣業務の長である指揮官スコールを中心に働く中で先輩のキスティスにそう言われてはサイファーもフォローが必要になる。…が、出来ればそれは内密にしたいことであるし、周囲にも知られたくない。誤魔化すのが一番だと彼は考える。

「そうじゃない。確認しとくだけ」
「ふうん。まだ先だって言うのにずいぶん念入りな準備よね」

 しかし相手のほうが大分上手だった。ばれているなら仕方ないとサイファーは溜息を零しながら書類を受け取った。

「とばっちり食らいたくねえからな」
「私だって一応、気にしているつもりよ、その点は」

 各種パーティーや国家行事が重なる12月は、SeeDへの派遣依頼が増える一方だ。高レベルSeeDは年中人手不足であるから、この時期は彼らのスケジュール調整が非常に難しくなる。誰かがひとつでも躓いたら、どうなることか…人材の能力把握と派遣依頼リスト作りをするキスティスに掛かる負担は大きい。

「念には念を、ってヤツだよ」
「…あなたが?まあ、珍しい。自分のコトになると必死なのね」
「せんせーよぉ」

 そんなカッコ悪い姿を相手に知られでもしたら、それこそ男の沽券に関わるというモノだろう。だから、内密に進めてきたつもりだったのにと、サイファーは文句をつける。普段の、無計画で猪突猛進な自分を馬鹿にするキスティスを彼が睨み付けたときだった。指揮官室へと続く扉が突然開いて、スコールが顔を出した。

「派遣リスト、上がったか?」
「いま、最終チェックを行っているところだ」

 午後から会議に出かける予定のあるスコールが、中々上がってこない書類を催促しに来たのだ。しかしサイファーが手にした書類を弾きながらそんなことを言うものだから、彼は眉間に皺を寄せて問い返した。

「なんであんたが。それはキスティスの仕事だろう」

 いつでもきっちり仕事をこなしてくれるキスティスなら、待たされることなどないのにという意味を込めてか。しかしたった数分のことだろうとサイファーはどこ吹く風で書類を捲る。ミスや計算外のコトが起こる可能性は限りなくゼロに近づけなくてはいけないのだ。

「せんせーにも、都合ってモノがあるんだよ」
「私の、じゃないでしょう?」
「言うなって!」

 そのためにと嘘を吐けば、さっきは協力体制にあると言ったキスティスの裏切りに遭う。方々から邪魔が入ってイラついたサイファーは思わず声を荒げてしまったが、追って響いたスコールの声に我に返った。

「…どちらでもイイ。早くしてくれ」

 忙しさに余裕をなくしているのはスコールも同じようだ。呆れたような呟きを残して扉は閉じられた。

「済まない。すぐに終わるから!」

 拗らせてはいけないと慌てて言葉を飛ばしてももう遅い。扉に向かって溜息を零したサイファーを見てキスティスはくすくすと笑った。

「あらあ、ずいぶん素直ねえ」
「…ったく。そういうのはあとでいくらでもきいてやるからとにかく…」

 からかうのもいい加減にしてくれとサイファーが泣き言を漏らす途中に、思いもせずスコールがまた扉を開けた。

「その書類。サイファーが持って来てくれ!いいな!」
「え?あ…了解」

 驚く自分をよそに、キスティスは相変わらず可笑しそうに笑ったままだった。最近この手の仕事が押している原因は大概自分にある。それは間違いないが…それほど怒ることだろうかと思いながらも、自分が叱られれば済むことかとも思い、サイファーはとにかく念入りにリストをチェックした。



「…それほど高難度な内容でもないのに。なんでこんなに時間を掛けている?」

 自分が気になった点に付いてサイファーが補足すると、スコールが補強の要点を指示し派遣リストの件は話が付いた。いよいよお説教が始まるのかと時計を確認すれば、彼が出掛ける予定の時間が迫っている。

「まあ…先々のために。いろんな意味で。ほら、毎年いつも年末になるとオレらが借り出される羽目になるし、…だから」
「そうか」
「オレのせいだ。キスティスはちゃんと仕事を上げてんだ。オレが…」

 スコールが席に着かなければ始まらない会議だ。開始が押せば当然のことながら終わりが延びる。そして今日のすべての仕事が押していく。それは今日だけでなく明日、明後日にも関わっていくことだろう。自分が頭を下げれば済むことかとサイファーが思った時、スコールの手が動いた。彼は引出しから書類を取り出し、デスクの上に置いた。

「分かってる…もう限界だ。だから…あんたにはコレを」

 それは普段クライアントとの間で作成する書類だ。上部に依頼人の名が、そして依頼内容のあとにSeeDがサインをすると契約書となる…依頼人の欄にはスコールと、それから自分の名があった。

「は?なんだよ、コレ」

 そして依頼内容には…12月22日、それぞれが定時以降の時間を互いのために使うことと記されている。この忙しい月のなか、休日に挟まれた自分の誕生日に休暇を取ることは難しいが、それならばなんとかそれだけでもと思い、ひと月も前から準備していた事が契約書になって現れたのだ。そこへサインすることはSeeDとして絶対の契約となる。

「言っておくが…俺はこんなモノに縛られなくても仕事をこなす自信はある。だけど、あんたがあまりに心配だから…」

 自分がもっとスマートに仕事をこなせていたなら、こんなことにはならなかっただろう。誰の目にもお見通しだったのだ…スコールの不機嫌そうな顔を見てもキスティスが笑い続けていた理由はコレだったのかと、サイファーは自分のカッコ悪さに頭を抱えた。
 しかし思い返せばこの日の主役は自分なのだ。自分のために恋人がコレを考えてくれていたのかと思えば嬉しさがこみ上げてくる。

「文句あるのか」
「あるわけねえだろ」

 文句などあるわけがない。日々詰まっていく仕事を前に、奥の手を使わざるを得なかったスコールの心を思いサイファーは笑顔でサインを書き入れたのだった。

fin.




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