Cliche 麻木 りょう様


 授業が休みになるこの時期、愛用の得物をジャンク屋にメンテナンスに出すには丁度良いと思いサイファーはバラムの街に出た。
 目前に迫ったクリスマスを前にして、街は実に賑やかだ。そんな大通りを抜けて、小さな店構えながら腕は確かなオヤジが営む店に入る。

「またこれか。こいつはちょっと厄介なんだよな」

『少し時間をくれ』とぶっきらぼうに言われ、特に行く当てもない彼は困りながらも『了解』と言葉を返した。

 軽やかな音楽が流れる町を歩いていても、どこか乗ることが出来ない。クリスマスを祝えない訳でも嫌いな訳でもなかったが、いつも積極的に楽しめない自分がいる。それでもいくらか興味のあるアクセサリや雑貨屋を覗いてみたが、これといって手にする物もなく出入りを繰り返すばかりだった。

「あっ!サイファー!!やっと見つけたー。ジャンク屋に行ったってみんなが言ってたから追いかけたのにもう、足速いんだから」

 そんな時、自分を見つけ遠くから声を掛けてきたのはリノアだった。

「なんか用かよ」
「用よ、もちろん。用がなきゃ、追いかけたりしないわ」
「…だから、何だってんだよ」
「はいプレゼント。今日誕生日でしょ?おめでとう」
「…ああ」

 ああ、そうだ。クリスマスを楽しく過ごせない理由はそれだ。サイファーは今更それに気付いて溜息に似たモノを吐く。自分のところへ来るのは何かのついでに選ばれたプレゼントかも知れないと思いながら、ひねくれモノの彼は素直に喜ぶことも出来ずに育って来た。

「『ああ』って、それだけ?…もう、サイファーのクセに照れちゃって」
「照れてなんかねえよ」
「特別に、お食事に付き合ってあげてもいいのよ?」
「そんな気分じゃねえな」

 建物の外さえこの浮かれ具合なのだ、食事といってもそのメニューは…と考えて、彼の感情はさらにひねくれた。それでも軽い言葉でリノアに礼の気持ちを伝え背を向ける。

「悪いけど、預けたものを取りにいかなくちゃいけねえから」
「ええ?…もう、まったく!…サイファーのクセに!!」

 そんな言葉が飛んできても、サイファーは振り返りもせずジャンク屋に向かって歩いていった。
 そろそろだろうか、そろそろじゃないと…めんどくせえな、などと考えながら店に向かっていると、今度は正面に見知った顔を見つける。そして彼らが手にしている煌びやかなモノが自分あてでなければいいという願いはここでも簡単に破られた。

「誕生日おめでとうだモンよ、サイファー。これはオレと風神からのプレゼントだぜ」
「祝、生誕日」
「…ああ、悪いな。いつも」

 おそらくはきっと、ついでではなくしっかりとした目的を持って選んでくれたモノなのだと思う。しかし、引きずっている気持ちはなかなか晴れない。

「これから海へ釣りに行くモンよ!オレがでっかい魚釣って、サイファーに料理を振舞うって風神が…」

 と雷神が言いかけたところで見事なキックが彼に入った。どうやらそれは風神なりのサプライズだったようだ。サイファーは苦笑いを見せながらひらひらと手を振る。

「やめとけって、こんな寒い日に釣りなんて。風邪引くぞ。気持ちだけ受取っとくからよ、アリガトな」

 いつもつるんでいる仲間と過ごす時間は悪くない。けれど今日はどこか楽しめない気がするのだ。だから彼は誘いを断った。しょんぼりとする雷神の姿が思い浮かんだが、彼は振り返ることなく歩いていった。

「ほらよ、しっかりチューニングしておいたから、せいぜい頑張って早くSeeDになりな」
「…一言多いぜ、ったく…」

 それからジャンク屋でガンブレードを受取り、帰路に着く。右手には武器の入った大きなケースを、もうひとつの手にはプレゼントの包みという酷くちぐはぐな格好であることに気付いて、彼はまた小さく笑う。

「祝うほどの日かよ、今日は。…なあ?」

 世界に戦いなどなく、両親も健在でガーデンへ預けられることがなかったとしたら、左手にあるプレゼントを素直に喜べるだけの豊かな心が育っていたのだろうかと思い、彼は首を横に振る。結局どこかで自分ははみ出し者となっていたことだろうと考えたからだ。

「オレにはこっちのが、お似合いなんだって」

 そして右手のガンブレードケースに目をやる。生きていることの喜びを感じ証をと思う時、いつもこいつが一緒だったとサイファーは考える。クリスマスを祝えない心があるのは、なにもそれに嫉妬している訳ではなく、戦いを好む、持って生まれた性分のせいだと心の中で呟いたのだった。



「あーようやく帰ってきたよ!サイファーはんちょ、おかえり〜」

 ガーデンに着くと、カードリーダーの向こうでセルフィが手を振っている。周囲に誰がいるワケでもなく、その相手が自分だと分かるとサイファーは顔を顰めた。

「またかよ」
「またってナニ?それよりねえねえ、きょう誕生日でしょ?幼馴染組でパーティーしようよ!メンバーはね、私とアービンと…」

 街での出来事を知らない彼女には、サイファーの心が分からない。誰もが心から彼を祝おうとしているのに、それを素直に受け入れられない自分が彼は嫌で堪らない。

「悪いな、そういう気分じゃねえんだ」

 照れているワケでもなく、蔑ろにしている訳でもなく、ただ言葉の通り…どこか“そういう気分ではない”という感情に従っていた。わざわざこの日を選んでジャンク屋に行ったのもそれが理由だ。

「ええっ?ケーキもあるんだよ?ねえ…ご馳走も!」
「オレがいないほうが楽しめんじゃねえの?」
「そんなことないって!」

…いいや、その通りだって。
 出掛けることにしたのは、その雰囲気を察したからだった。幼馴染みがガーデンに集まってから、順番に祝う日を迎えたヒトのそれを見ていて逃げ出したくなった。ヒトの気持ちを受け入れるのは苦手だ。自分は相手の期待通りに振舞えなくて、それをぶち壊してしまうに違いない。

『相当掛かるな、こりゃ』
 少しじゃなくてそのくらい時間が掛かってくれれば良かったのに。そうすれば帰りも遅くなってパーティーなんか諦めてくれるだろうと思っていたのに。

「悪いな、やることあるんだ」

 呟いてサイファーはセルフィを振り切る。すれ違いざま『ごめんな』と零したのは、せめてもの罪滅ぼしにと思ってのことだった。
 ガーデンに戻って来られたこと、幼馴染みたちのこと…育ての親であったシドやイデア。傲慢に振舞う一方で誰に対しても目をどこへ向けても蟠りがある。それは自分ではどうにも昇華できなくて、いつも燻らせては背を向けている思いだった。

 帰るところも、立ち止まるべき場所もない。…どこにも、なにも、ない。

 そんなふうに立ち昇った思いを、サイファーは溜息で吹き消した。


 それから彼は訓練施設に向かった。夜行性のモンスターは獰猛な奴らが多い。メンテナンスをしてきたガンブレードの相手になって貰おうと考えながらも、彼は寂しさを隠すように苦く笑うのだった。

「…あ」
「おう」

 と、廊下の曲がり角で出会った人物にサイファーは驚く。こちらに顔を向けた彼に声を掛けると、不思議そうな表情をみせ問いかけてくる。

「あんた、パーティーは?セルフィが待ってただろ」
「…ああ。けど、断って来た」

 それなのに答える間にも、彼は訓練施設へと歩いていく。答えなどどうでも良いというコトかと思い、サイファーは心のどこかが刺激された気分になる。

「てめえ、自分から聞いといて…そういうおまえはどうなんだよ!オレ様を祝うパーティーなんか、最初っから無視か?」
「ああ…パーティーになんか、別に…」
「は?」

 彼は訓練施設の扉前に立ち、同じ得物を構えてみせる。オートマチック式の自分のものに比べ古臭いそれは、およそ強さや覇気を感じさせないが、これで身の丈の3倍もあるような大物モンスターをいとも簡単に仕留めてくるのだ。その腕は認めざるを得ない。

「それより…チューニングに行ったって聞いたから」
「ああ、これな」
「それなら、ココに来るかと思って」

 口ではそう言いながらも、彼の視線は左手にある包みを捕らえている。素直に心に従えないのは自分も同じだ。サイファーは今日初めて心が沸いて来た気がしていた。

「…まあな。その通りだ」

 生きている喜びもその証も。このガンブレードと、それから…。
 そう考えて彼はにやりと笑う。

「モンスターなんか斬っても、つまんねえしな」
「ああ」

 あっという間に気分を頂点へ引上げてくれた相手を追い越し、サイファーは意気揚々と訓練施設に入って行くのだった。

fin.




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