純情ハニー | mim様 | |
「お前ってホント…会社と家じゃ別人だよな…」 「……」 スーツ姿のままベッドにうつ伏せに倒れているスコールに、おそらく本日最後のため息をついた。サイドテーブルの時計を見ればあと5分ほどで日付が変わる。 花の金曜などいざ知らずいつものように残業をして帰ってきて、玄関から点々と散らばった靴や靴下、ネクタイを拾いながらたどり着いた先でこんな光景を見せられたら誰だってため息をつきたくなる。 スコールとは取り引き先の会議室で知り合った。 やり手の営業マンの傍らで秘書のように上司をサポートする姿が契約を円満に結んだあとも脳裏に焼き付いて離れなくて、ある日仕事の話を引き合いに出して飲みに誘ったのがきっかけだった。 最初に惹かれたのは秘書としての完璧な立ち振る舞いと、プライベートな時間に時折見せる無防備な部分とのギャップ。それで…まあ色々あって、いつしか当たり前に半同棲する関係に。 住みやすい家に懐く猫のように、スコールが俺の部屋に入り浸るのは当然のことのようになっていた。こいつもかなりの、下手したら俺よりも高給取りなハズだが、自分の家は住みにくいらしい。一度訪ねたことがあるが部屋は広いのに生活感がまるで無い、ただ寝るだけの空間だった。このぐうたら具合を見たらそれも納得だ。 スコールは仕事の上では完璧だが、家事とか趣味とか自分の身の回りのことにはとにかく呆れるほどに無頓着だった。 「おい…せめて着替えてから寝ろ。」 「ん…」 きちんとアイロンがけされたブラウンのシーツが波打つ。お気に入りの広いベッドを占領している"恋人"の髪をくしゃりと撫でると、身じろぎをして薄く目を開けた。酒と煙草の匂いが鼻をかすめる。 「サイファー…おかえり」 「…お前が飲んで帰るなんて珍しいな」 「上司に…無理矢理飲まされたんだ…頭痛い…」 ほう…? 思わず顔が引きつる。煙草なんてスコールは吸わねえし、そいつが吐いた(かもしれない)煙の匂いを身に纏わせてると思うと、無性に腹が立ってきた。今度その上司紹介しろよ…と脅すのはまた今度にするとして…。 「…大丈夫か?」 「ん…」 首筋に触れると熱いのに顔は青ざめていて、心配になる。額を押さえたままのろのろと起き上がる。 「強くねえんだから無理して飲むなよ」 「そんなことわかってる…」 ムッとして口を尖らせるスコール。酒が入ると仕草や言動が子供っぽくなるところが可愛いと思う。だがそれをその上司にも見られた(かもしれない)と思うと再び独占欲がムクムクと沸いてきて、上向かせてキスをした。 「…あんたはいい匂いするな」 「だろ」 「…そういう意味じゃない。女の匂いがするって言ったんだ」 「……」 そんな覚えはないが念のため自分の襟に鼻を寄せる。なんの匂いもしない…よな。いや、少しは汗臭いかもしれないが。 そんな俺の様子をじっと見ていたスコールだったが、俺と目が合うとフッとふきだした。 「冗談だ」 スコールはクスクスと笑って、甘えるように頭を擦り寄せて抱きついてくる。人の心を散々掻き乱しておいて、これだ。なんなんだ。可愛いと思う俺もどうかしてる。 そのまま押し倒されネクタイを引き抜かれそうになったが、理性を総動員して引き離す。 「待て」 「…なに」 止められて不機嫌そうなスコールを猫をあやすように抱き上げて座らせる。こんな風にスコールが積極的になるのは酒に酔っている時くらいしかないから、据え膳…という言葉が頭を過ったが。 「…お前、具合悪いんだろうが。気ィ遣ってやってんだよ」 するとスコールは少し考えて、思い出したように口に手を当てた。 「………ああ………吐きそうだ…」 だから言っただろうが! 怒るのは朝にするとして、さっきまで軽口を叩いていたとは思えないほど深刻な顔をしているスコールの背広を脱がした。シャツのボタンも2つ開けてやる。 熱っぽい息を吐くスコール。心なしか目が潤んでいるように見えて、思わず目を逸らした。 …やましいことは何もない。介抱してやってるだけだ。さすがに病人を襲うほどクズじゃあない。 「薬と水持ってきてやるから待ってろ」 「うん……」 キッチンはカウンターになっていて、キレイに整えられている。 初めて部屋を訪れたスコールに「あんた結構マメなんだな」と驚かれたのをよく覚えている。お前が不精すぎるんだよと思ったが、褒められて悪い気はしなくて上機嫌で手料理をご馳走してやったことがあった。 本当なら夕飯でも作ってやろうと思っていたが、こんな時間になってしまったしさっきの様子じゃ何も食べる気にならないだろう。冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターをグラスに注ぐ。 「…と、これだな」 酔い覚ましの薬を上の棚から取り出して、木のトレーに乗せた。 カウンターを通り過ぎるとスコールはいつの間にかソファーに移動していたようで、クッションにもたれかかりながらこちらをぼうっと眺めていた。 「…なんだよ」 「…いや…あんた、何で俺なんかと一緒にいるのかなって思って」 「はあ?」 「俺、手がかかるだろ」 グラスを手渡しながら、スコールの隣に座る。突然そんなことを聞かれたものだから、頭でその言葉を反復する。 手がかかるかって?そりゃあ… 「そうだな」 はっきりと言わせてもらうが、こいつ以上に手がかかる人間と付き合ったことはない。というかこんなワガママな奴、スコールじゃなかったら部屋から追い出している。 リモコンの電源ボタンを押すと、壁に掛けられた液晶画面に明かりが灯る。先々週の休日にスコールを無理矢理付き合わせて電気屋まで見に行って買い替えたばかりの薄型テレビだ。 「あんたなら相手に困らないだろ」 「……。」 思わず顔を見てしまったが、スコールはテレビから目を離さずに興味もないであろう通販番組を眺めている。 …さっきの女の匂い云々のやり取りに関係してんのか。 そういえば前にもそんなようなことを聞かれたことがあったな…。 『あんた、…俺といて楽しいのか?』 その時もそんな寂し気な言葉をそっけなく他人事のように聞いてきたから問い詰めたが、どうもスコールは時々不安になるらしかった。 それこそ(たまたま終電を逃したスコールをここに泊まらせた時に)付き合ってくれと半ば強引にせまったのは俺なのに、スコールは自分がいつか捨てられるんじゃないかといつも怯えているようだった。それが、今のように酔っていたり風邪を引いたり弱っている時にポロッとこぼれることがある。 というか…散々ワガママ言ったり好き放題してるこいつをこれだけ俺が一途に想ってるってのに、まだ足りないらしい。 色んな想いが頭を巡って、とりあえず顔を覗きこんでみる。目が合うと、スコールはやっぱり目をそらす。 「なんかあったのか?」 「…別に…聞いただけだ」 「スコール…」 大げさにため息を吐いてやると、スコールがちらりとこちらを見た。不安そうな顔。 ほんと、不器用な奴。仕事してる時は俺にそっけない態度を向けて追いかける俺から逃げ回ったりして、微塵もそんな顔見せないくせに。 たまらなくなって、一回り華奢な体を両腕ですっぽり閉じ込めて、抱きしめた。鼻先が触れそうな至近距離でじっと見つめると、顔を赤くして慌てふためく。 …お前、さっき自分から抱きついておいてその反応はなんなんだ。 「なっ…なんだよ」 腕の中でもがくスコールを逃げないようにがっしり捕まえて、揺れるブルーグレーの瞳を見つめながら囁いた。 「お前だけだよ、ハニー」 「な…」 絶句したスコールの顔がみるみる赤く染まる。ほんと、可愛いヤツ。 「そんなに心配なら毎晩寝る前に囁いてやるぜ」 「……うっ」 口を抑えたから、すかさずビニール袋を口元に差し出す。 「…このタイミングで吐くなよ絶対に」 「あんた…用意いいな…」 なんだかそのやり取りが笑えてきて、つられるようにスコールも笑った。 ああ、よかった。不安は消えたらしい。 夜中だというのにテンションの高い通販番組を観ながら、仕事の愚痴だとか観たい映画の話とか、どうでもいいような話を二人でだらだらと話した。しばらくして顔色の良くなってきたスコールがうたた寝し始め、俺はスコールを抱き上げてバスルームに連れて行きシャワーを浴びさせて、着替えさせて、髪を乾かしてやり、ベッドへ運び、毛布をかけてやった。 そこまでして、日付が変わってから恐らく2回目のため息を吐いた。 …なんだ俺は、こいつの執事か何かか? 途中何度かイラッとしたが、毛布に包まれてスヤスヤと眠るスコールの顔を見ていたらそんな気持ちも、疲れも、吹き飛んでしまった。 「…俺も大概ほだされてんな。」 頬に触れるだけのキスを落として、さて…とキッチンへ歩き出す。 明日は二人とも休日だし、フレンチトーストでも作ってやるか。前に、一晩寝かせると美味しい、とテレビか何かで見た時にふとスコールの顔が思い浮かんで、いつか作ってやろうかなと思って材料を買っておいたんだった。 スコールに「あんたは俺の母親か」と言われて、あいつを叱ってやろうとしていたのを思い出すのは、明日の話。 おわり |