コントラスト 麻木 りょう様


「確かにいい手応えがあるとは言っても、自宅のリビングで寛いでるわけじゃない。契約書もらうまでは、相手はスーツっていう戦闘服着て、砦を築いて待ち構えているんだ」
「そうですね」

 騒がしいけれど、注文してからあっという間に用意してくれることから重宝しているいつもの定食屋から打って変わって、普段はどんなヒトと訪れるのだろうと詮索したくなるような、大人の雰囲気漂うバーのカウンターにスコールはサイファーと並んで座っていた。

「でも、アレだ。こっちが私服で寛いでるリビングに相手を呼び込んだっていいんだぞ」
「どういうコトですか」
「それは…まだ教えられねえな」

 またか、とスコールは心の中で悪態を吐いた。サイファーという自信家の男の言葉を鵜呑みにしてはいけないと突き放そうとする一方で、心はしっかりその話に食いついてしまっている。それが彼特有の意地悪で、彼の話術だと分かっていながら自分の心がそこへ傾いていることをスコールは否定できなかった。
 それから、私服はどんな感じかという話題になってとたんにスコールは困ってしまった。制服を着ていた頃はもちろんのコト、それを卒業しても大して変わらない格好をしていたことしか思い出せなかったからだ。大学生の頃は黒いジャケットに、黒のパンツ…中は、いつも白いシャツだった。それは今も変わらない。

「白か…黒」

 似合うかどうかは別にして、制服のようになっている濃紺のスーツのほかに、スコールはそんな色の服しか持っていない。そういったものに特に興味がなく、いつも捨てるものの代わりに補充する…という考えで買い求めているからかもしれない。

「…おっ、まさか紺色以外がでてくるとは思わなかったな」
「どういう意味ですか」
「おまえ、いっつもこの色じゃねえか」
「それは…この職ですから」

『ふーん』と呟いて、サイファーは酒の入ったグラスに手を伸ばす。薄暗いバーのスポットライトに照らされて、サイファーのスーツは光沢のある横糸のグレーが際立って見える。スコールは以前、大規模なプレゼンを補佐したときのことを思い出した。明かりを消した会議室内でプロジェクターがスクリーンに資料を映し出すと同時に、その光はサイファーの金髪や薄い色のスーツを輝かしく照らしていたことを。
 安っぽいテレビ番組の司会者じゃあるまいし…。提示した資料よりも目立つ彼に対しそう思っていたが、クライアントはいとも簡単に落ちた。どれほど作りこんだ資料よりも、おそらくは自信に満ちたサイファーの姿や声が、何よりもクライアントの心に響いたのだろう。

「好きで着ているわけじゃねえんだ」
「…そういうコトになりますね」
「でも白や黒の服は好きで着てるんだろ?じゃあ、スーツも私服と同じにすればイイ」
「は?」

 いつもは敢えて意識している距離感を感じさせないよう右肘をカウンターについて体を開き、自分の左に座るスコールをサイファーは見る。酒が入っても少しも崩そうとしないスコールの硬さに焦れた彼の作戦だった。

「白か黒。そのほうがいいんじゃね?」
「何を言ってるんですか、非常識な」

 作戦は成功しつつあると言えよう。“いつもは”指示も会話も短く、足りないくらいに抑えている。足りない“何か”について、相手にアクションを求めるためだ。しかしスコールは優秀で、それを自分で補ってしまうタイプの人間だった。当然返ってくる言葉も返事も、そっけないモノだっただけにサイファーは今のそれが楽しくて仕方ない。

「トラビア対策と同じだ。そういう先入観を捨てろ」
「でも、白というわけには…あ、もちろん黒もですけど」
「ま、イメージとしちゃオレが白で押してるからな、おまえは黒にしといてくれよ」
「だから。黒は冠婚葬祭用でしょう」

 自分ではポーカーフェイスを決めているつもりだろうが、動く感情に合わせて小さな唇に表情が乗ることに気付いたのは少し前のことだった。物静かで無口な印象とは別の人格があるに違いないとサイファーは踏んでいる。他の者にはきっと分からない、組んで仕事をしている自分だから気付くことだと思う。今、不服そうに前に動いた唇を…もっと、と思う自分の気持ちももう、隠すこともないだろう。

「そういう思い込みを変えてやればイイ。いいか、黒は今からおまえの色だ。黒いモノを見たら例えそれが何であったとしても、同時におまえを思い出すくらいの印象を植え付けてやるんだ」
「そんな、無茶苦茶だ」
「そのくらいのつもりでやれってコト。…つうか、やれるよな?」
「…当たり前です」

 適わない、だなんて考えたくもないが、会社を出てからのこんな会話のやり取りの中でスコールは感じてしまっていた。自分は多分、随分前からこのヒトに見切られていたんだと。負けず嫌いな性格も、彼を相手に対抗心を燃やしていることも。それを微妙なタイミングで刺激され、隠すことなくそれを見せてしまう自分がいることも。
 悔しさを瞳に込めて見返してやる。デスクに座るいつもの彼は、眼鏡の奥から冷めた視線を寄越すだけだけれど…今は、どこか嬉しそうで柔らかなそれを向けられている。どうしてだろうとは…考えないコトにした。考えてしまったらきっと、それに自分が深く捕らわれてしまうだろうコトも分かっていたからだ。

「つまり。白と黒…この当たり前のコントラストをライバルや客が目にしたとき、オレら2人って言う最強のコンビを思い起こさせられれば最高だろ?」
「おかしなことばかり、考えるんですね」

 硬い言葉使いだけは崩さないでいようと思う。意地悪いことをする彼のことだ、これもまた一時の遊びのようなモノなのかもしれない。あのクライアントのように雰囲気に押され、いとも簡単に落ちる訳には行かない、心を厳しくしておかなければと考えていた。

「おまえと、だからだ」
「…ひとりで、やっててください」

 それなのに、期待を膨らませるようなことばかり言うサイファーにスコールは堪えきれなくなってはにかみ、それを隠すために視線を逸らせて酒を呷った。彼の心にある砦が崩れてしまうまで、そう時間は掛かりそうになかった。


―――おわり。





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